| ☆★日本一周自転車旅行を振り返る★☆ |
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2012年8月 |
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〜Kenji Suda〜 |
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| ☆彡 日本縦断行程表実績 ☆彡 |
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| ☆彡 ルートマップ写真 ☆彡 |
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| この度、沢山の方々のご協力や励ましを得て「日本一周自転車旅行」を無事終える事が出来ましたので、 |
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| ここに楽しかった事、そして苦しかった事を交え旅を振り返り、お世話になった方々への感謝の意を込め |
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| てまとめてみました。 |
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| 1.何故「日本一周自転車旅行」をやろうとしたの? |
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そもそも自転車は、28年前(40才)の時、健康診断で成人病予備軍と宣告され、その対策の一つ |
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として、片道5kmの自転車通勤を始めたのがきっかけでした。 |
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その後、ランニング通勤を取り入れ、更にスイミングスクールに通うようになり、トライアスロンに |
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挑戦し、52才までの10年間に長短合わせ30レース程完走する事ができました。 |
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その後、諸事情からレースからは離れましたが、3種目はそれなりに楽しんで走り、泳いでおりま |
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した。 |
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60才で北海道(鹿部町)に移住してからも、そのパターンは変わらず楽しいサイクリングなどで |
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汗を流しておりましたが、同じ移住者の友人がツーリング用バイク(自転車)を購入したのをみて、 |
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その楽しさを知り自分も同じバイクを購入しました。 |
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早速、一昨年友人と三人で宗谷岬往復、昨年は一人で北海道八十八ヶ所霊場巡り(3,000km) |
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の自転車旅行を経験し、ツーリングの楽しさの虜になってしまいました。 |
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そして北海道は自転車・オートバイによるツーリングのメッカであり、道中沢山の本州からの |
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ツーリストと会い、話を交わす内に、自転車による日本一周旅行を強く意識するようになりました。 |
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年齢も60才代後半(68才)に入っており、やるなら70才前にと考え、昨年11月頃から情報の収 |
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集・旅程の立案を始めました。 |
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計画が固まるにつれ、ジッとしておれず思い切って「日本一周自転車旅行」を周りの人に公言し、 |
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自分自身にプレッシャーをかけ、ついに去る4月14日(土)に沢山の仲間に見送られ、鹿部町を |
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出発しました。 |
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| 2.荷物は? |
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自転車の前輪の両サイドに各1個のバッグ、後輪の両サイドに各1個の計4個のバッグがあり、 |
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ここに約90種類にも及ぶ着替えや洗面具・地図・パンク修理具などチェックシートに基づき準備し |
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た物を詰め込み、更に後ろの荷台にはテント・寝袋・エアーマットなどを積んで走ります。 |
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炊事用具は持ちません。自炊をしながら旅をしている |
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サイクリストは沢山いるのですが、私の場合朝食は |
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コンビニのサンドウィッチと牛乳、そして昼はその時 |
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間帯に見つかったお店で、夕食は温泉施設内の食 |
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堂や道の駅のレストラン、コンビニ弁当、スーパー |
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の弁当と臨機応変に食べました。 |
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荷物の重量は約25kgで自転車が15kg、これに自 |
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分の体重(60kg)を加えると、約100kgになります。 |
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| 3.毎日どのくらい走るの? |
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まず走り方ですが、重い荷物を積んで峠を越えたり、 |
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橋や陸橋を渡り、時には向風に悩まされながら一日 |
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平均80km(65〜110km)位走りますので絶対無 |
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理は禁物です。 |
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自転車のギアーは前が3段で後ろが8段あります |
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(出発時、自宅前で) |
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ので、これを有効に使い「ギアーは軽めがいい」をモットーに「風とは絶対喧嘩しない」を心がけ |
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て走りました。自転車のスピードはフラットな道路で追い風なら25〜30km位ですが、峠越えでは |
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時速5〜6kmまで落ちてしまいます。 |
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1日を通して見ると、走っている時の平均時速は15km前後ですが、途中で食事もしますし、休憩 |
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もしますので、所要時間で見ると80kmを8時間、100kmを10時間で走る感じになります。 |
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時にはコインランドリーで洗濯(約1時間)をしたり、時間を取って観光する事もあります。 |
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1日のタイムスケジュールとしては、朝5:00起床、荷物の整理、テントの撤収、洗面などを済ませ |
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6:00に出発し、PM3:00頃には目的地(宿泊地)に到着するように心がけて走っておりました。 |
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| 4.今回の旅のコースは? |
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4月14日に鹿部を出発し函館へ、そして翌朝フェリーで青森へ。 |
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鰺ヶ沢を経由し、日本海側を南下しました。 青森から秋田・山形を通過し1週間後の21日に |
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新潟市に入って間もなく、知らずに自動車専用道路を走り、パトカーに捕まり厳重注意を受ける |
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破目になってしまいました。 それにしても新潟は自動車専用道路が多く、自転車では走りにい |
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街で、なかなか目的のコースに入る事が出来なかった。 |
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又、ここ新潟では桜前線とすれ違うと言った風情を味わう事も出来ました。 |
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すなわち、1日の内に蕾から満開、葉桜と一緒に見る事が出来たのでした。 |
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鹿部を出発して9日目(4/22)、新潟県も終わろうとした上越市で遂に雨に捕まってしまい、 |
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予約なしで民宿に飛び込んでしまいました。 |
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次の日も小雨ではありましたがスタート、そして国道8号線最大の難所「親不知」へ向かいました。 |
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ここは崖っぷちの国道がトンネルで保護 |
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されており、内の道路は急坂、急カーブ、 |
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狭い、そして大型トラックが頻繁に走る |
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と言うように自転車で走るには命がけで |
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走る誰もが嫌がる国道である。 |
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走り終えた感想は、「もう二度と走りたく |
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ない」が率直な気持ちだった。 |
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その後もしばらく雨や強風・自転車のパンク |
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などに悩まされながら、兼六園・永平寺・天 |
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橋立・植村直己冒険館などを見学しながら |
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(目の前に広がる広大な鳥取砂丘) |
5月1日に広大な鳥取砂丘を訪れた。 |
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5/3も悪天候の為、トライアスロン日本発祥の地「皆生温泉」に連泊し休養。 |
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そして、境港水木ロードを歩き沢山の妖怪を見学、出雲大社で旅の安全を祈願し、道の駅「ゆうひ |
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パーク浜田」では明方に激しい雷に震え上がった。 |
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その後は願成就温泉から山口市に入り、国道2号線から |
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9号線を通って関門トンネルへ。 |
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このトンネルは長さが僅か1km弱ではあるが、歩いて潜り |
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ぬけると九州に上陸する。 |
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そして大任町から冷水峠を通り、知人の住む久留米市に |
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向ったが、冷水峠では鹿児島の佐多岬から北海道の |
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宗谷岬まで歩いて旅をしていると言う65才の男性(新潟)に |
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会い、互いに健闘を称えあった。 |
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5月10日に福岡県の大木町で3回目の休養日とし、鹿部を |
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出て丁度1ヶ月目の5月13日に鹿児島中央駅に到着した。 |
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ここで待っててくれたのはなんと鹿部町から飛行機を使って |
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(5/13 鹿児島中央駅にて) |
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来てくれた中田さんでした。そして持参してくれた手製のプラカードを持って記念撮影。(大感激) |
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又、これから北海道に向うという倉成君(後日9/5に鹿部町自宅へ)とも記念撮影。 |
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中田さんと夕食を共にし、翌朝別れ私は夜のフェリーで奄美大島へ。 |
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島では平夫妻のお世話になり、3日間マングローブ体験カヌーや観光をしながら休養できた。 |
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そして17日夜のフェリーで鹿児島へ戻り、18日朝北海道に向け、復路の旅に出発した。 |
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桜島を右手に見ながら錦江湾を時計回りに走り、宮崎市高岡から大分県延岡市へ。 |
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ここで知人の息子さん(元サイクリスト)に夕食を御馳走になり、自転車の話を語り合った。 |
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別府で国道10号線を左折し、国道500号線をテレビ塔に向って上ったが、これは今回の旅で出 |
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会った最大級の長い急坂の一つだった。 |
その後、5月24日には再度関門トンネルを歩いて |
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山口県へ渡り、先ずは広島県尾道を目差 |
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した。 |
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山口県美弥市ではとんだハプニング。 |
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バス停のベンチに座り一休みした際、全 |
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財産の入ったウエストポーチをベンチに |
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置き忘れ、12km走って気づき引き返した。 |
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途中出会ったパトカーにも協力を要請して |
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無事忘れ物を探し当てたが、この間全く |
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生きた心地がしなかった。 |
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(テレビ塔の建つ展望広場より別府湾を望む) |
29日には尾道より渡し船で向島に渡り、 |
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いよいよ待望の「しまなみ海道」サイクリングの |
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スタートである。「しまなみ海道」は基本的には自動車専用の有料高速道路であるが、島と島を |
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結ぶ橋だけは歩行者・自転車専用の側道が有り走る事が出来る。 |
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島内はブルーのラインが引かれたサイクリングロードが確立されており、誰でも迷うことなく74km |
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先の今治市まで走る事が出来る。(レンタル自転車有り) |
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四国でもかなりキツイ坂道が待ち構えていた |
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が、半田ソーメンや讃岐うどんを食べたり |
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鳴門の渦潮を見る事が出来、疲れも飛んで |
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しまったようだ。 |
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6月3日宇高国道連絡船で岡山県に渡り、 |
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今度は関西方面をめざした。 |
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岡山県長船のビジネスホテルに宿泊した際は |
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刀鍛冶の検定試験を受ける為投宿していた |
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刀匠を目指す若き刀鍛冶6名と一緒になり |
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貴重な話を聞く事ができた。 |
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その後、世界遺産に登録された姫路城 |
(生口島と大三島を結ぶ多田羅大橋) |
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(修復工事中)を見学し、明石焼きやお好み焼きを堪能しいよいよ大阪に突入した。 |
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ここからは大阪府枚方市、滋賀県野洲市、愛知県清須市、愛知県豊川市、静岡県掛川市と |
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友人・知人宅にお世話になった。 |
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この先には「根箱越え」が待ち構えていたが、これを回避し御殿場経由の国道246号線を走り、 |
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鹿部を出発してから約2ヶ月後の6月14日に神奈川県藤沢市の自宅に無事到着する事ができた。 |
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ここで約1週間滞在し疲れを取り、21日再出発。 東京では大学時代の友人と昼食を共にし、 |
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大いに語り合う。 |
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更に、道の駅の他、東京都足立区、千葉県印西市、山形県南陽市の知人・親戚縁者宅にお世話 |
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になりながら29日に生まれ故郷の山形県山形市に到着し、2日間滞在。 |
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そして、いよいよこの旅の最終ラウンドである |
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「山形〜鹿部」間の500kmに向けペダルを |
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踏み出した。 |
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先ず宮城県鳴子温泉、そして厳美渓、平泉 |
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中尊寺を見学し、国道4号線を北上した。 |
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そして、道の駅「石神」と「さんのへ」間で |
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国道4号線の最高地点(標高458m)を |
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通過した。 |
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7月6日には浅虫温泉で入浴し、青森フェリー |
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ターミナルへ(待合室泊)。 |
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(6/30 鳴子峡にて) |
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7日午後、自転車仲間数人に迎えられ函館港着。 そして報告会兼食事会。 |
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8日、いよいよ函館〜鹿部最終区間を走ったが、この時は何か不思議な気分だった。 |
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何と言うか、無事に帰ってこれたと言う喜びと、楽しかった自転車の旅が終わってしまうと言う |
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寂しさが同居した、とても複雑な気持ちだった。 |
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自転車仲間の池田氏の伴走で峠下の坂道を上り、トンネルを出てからは鹿部の友人中島氏の |
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伴走を得て鹿部に向った。 |
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大沼では知り合いの電気店で大勢の近所の人達と旅の話をし、昼食を食べながら歓迎を受けた。 |
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そして最後のぺダリング、カールスクラブのメンバーが待つ鹿部町体育館をめざした。 |
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午後2時、遂に遂にゴール。 病気や怪我もなく無事帰れた事を家族を含め皆さんが喜んで |
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くれたし、自分も涙が出るほど嬉しかった。 |
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(函館FTにて) |
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(大沼にて) |
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(カールスクラブメンバーに迎えられ鹿部町体育館前に無事ゴール) |
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今回のコースで日本を一周し改めて感じた事は、北海道は自転車ツーリストにとって、気候や道 |
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路状況、人情味、自然の豊かさなど、いろんな面で日本で一番走り易い地域である事です。 |
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そして夏になると大勢の自転車ツーリストが本州からやって来る訳がここに有ると思います。 |
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| 5.長旅を終えて |
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今回の自転車旅行は自宅を出発してから帰るまで86日かかりましたが、実際に自転車で |
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走ったのはその内の70日です。 |
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70日で走った距離が5541kmですから一日平均79km走った事になり、我ながら良く走った |
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ものだと感心しております。 |
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そして86日の内、道の駅にテントを張り宿泊したのが約半分の47泊、友人・知人宅にお世話に |
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なったのが12泊、親戚・縁者宅への宿泊が12泊、ホテル・民宿泊が12泊、そしてフェリー内で |
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2泊と数多くの方々にお世話になりました。 |
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中でも道の駅で初めてお会いし、たまたま雨が降り出したことから「私の家に泊まったらどうです |
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か?」と言って泊めてくれた滋賀県野洲市の井上さんには本当に感謝しております。 |
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その他の方々も会社の後輩だったり、仕事関係でお世話になった方だったり、単身赴任時代 |
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の知り合い、更には私の長女の友人だったりと、いろんな方々とビールを飲みながら昔の懐かしい |
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話や今回の道中の出来事などを語り、思い出しても楽しい一時を過ごすことが出来ました。 |
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また、自然を肌で感じ多くの人々に巡り合う事が出来る自転車の旅は車や列車の旅と違い沢山 |
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の思い出が出来る旅と思います。 |
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ちなみに今回の86日間の旅で費やした費用は ¥358,000 でした。 |
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今後も自分の健康・体力と相談しながら楽しい自転車の旅を続けて行きたいと思っております。 |
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