アイアンマン西オーストラリア2010参戦記

---You come a waltzing Matilda with me---

 

マッキーズ ふうさん(槇本 深)

 

昨年に続いて2度目のアイアンマンウエスタンオーストラリア参戦。

 

去年の西オーストラリアで、還暦アイアンマンの称号を得て、自分のパワーにかけがいの無い自信をもてた。

しかし放っておくとどんどん体力が落ちる年代になっている。

アラカンアイアンマンという称号を、思い出だけではなく、今も現役であるという証を求めてオーストラリアに旅立った。

 

121日水曜日

午前中は家の掃除などでてんやわんや。

猫の手も借りたい忙しさ。

銀行の入出金記帳。観葉植物に水をやるくらいは猫の手でも出来そう。

ということで私が猫の手となり少しはお手伝いをして、ようやく出発。

昼の飛行機で函館発。

 

成田に着くと、もう何人かのそれらしき人たちが着いていた。

エイジ世界チャンピオンの小島さんもいる。

カンタス空港の直行便で成田からパースへ。

ABC宅配からバイクを受け取り、カンタス航空のチェックインデスクに向かう。

ここで詳しく荷物の重量制限を確かめると一人23kgまで荷物を預けることが出来る事がわかった。

機内持ち込みは、1個7kg以下。

去年ワインの放棄などひどい目に合わされたのはシンガポール航空でした。

そちらは預け荷物20kg、機内持ち込み7kg。機内持ち込み荷物も重量を測られ、とても厳重でした。

カンタス航空は比較的おおらか。バイクケースは20kgで梱包してあったので、ウェットスーツなどバッグの荷物を一部バイクケースに移して預託。

ペナルティ課金なし。バックもだいぶ軽くなった。

カンタス航空ありがとう。シンガポール航空くそ食らえ。

 

ここでホッと一息。

いつも海外出発前には寿司を食べる。

空港内に新たに回転寿司ができていたのは助かった。

たらふく寿司を頬張りながら、出発を待つ。

10時間の飛行時間。比較的すいていたので、横の席も使え手足を伸ばして休めた。

機中泊。

 

122日木曜日

パース空港に着。チャーターバスで移動。昼ころバッセルトンに着。ホテルにチェックイン。

残念ながらバッセルトンの象徴。

2km弱に及ぶ長大な桟橋(ジェッティ)はまだ補修が完成していなかった。

8分どおりは出来上がっているようでした。来年はきっと出来上がっているでしょう。

入り口部分までで奥は立ち入り禁止。

改修工事中の桟橋Jetty基礎部分は出来上がっているようです。

 

空はオーストラリアにしては珍しく曇天。

 

まずレースの受付登録を済ませる。

昼食はジェッティの根っこにあるGooseというレストランでとった。

昨年は結婚式などイベントで貸しきられていた店です。

チキンの半身を丸揚げしたものと、パスタ。とてもおいしかった。

 

これで去年入りびたった中華料理屋(Dyanastyといいます)以外に口に合う店を見つけることが出来た。

 

バイクを組み立て、選手兼バイクメカニックとして参加した札幌の梅澤さんに見てもらう。

細かな調整をしてもらい、絶好調になった。

バイクの試乗でレースコースの下見をする。1周60kmで3周回するコースです。

去年とは一部コースが変更されている。

去年はマッキーがミスコースして大分タイムロスした。2度とそんなことがあってはいけない。

分かれ道を全部確認した。

約30kmのライド。

 

レースに使うバイクショーツと、靴と、靴下と、全部同じにして試走。マッキーのサドル高微調整をする。

チャンピオンシップのときより1cmも高くなった。

最近は1−2mmくらいを何回か上下している。

やっと微調整レベルにポジションを追い込むことが出来た。

 

夜はクイーズ通りにある中華料理屋Dyanastyで夕食。ここは安心して食べられる。

中華レストランDYNASTY。ホテルのすぐ傍。ここは日本人の口に合う中華料理を出してくれる。Garlic○○はパワーがみなぎる料理。○○には、エビ、イカ、海鮮ミックス、ビーフなどのバリエーションがある。去年と比べて店の中がきれいになり、満席に近く、すごく繁盛していた

 

9時頃就寝。

時差は1時間くらいなのでとても楽。

日本時間では夜の10時。無理なくコテンと寝ることが出来た。

 

123日金曜日

レースは5時45分スタートなので

身体を早寝早起きに慣らしておく必要がある。

早朝朝飯前にコースで試泳。

スイムコース。

 

ジェッティの周りを反時計回りに一周(去年は時計回り)。1周回の雄大なコース。

右顔あげの場合、往路で太陽が眼に入る。

 

ホテルからウェットスーツを着たまま歩いていける距離。

早朝の道路と砂浜はとても寒い。冷え性のマッキーは気分がへこむという。

しかし、海に入ると意外と水温は暖かかった。

 

1kmくらいためし泳ぎ。感触を確かめる。

ウェットスーツを着るとマッキーとあまり差がつかない。

マッキーのスイムも結構進歩したものだと思った。

2時間は切れるだろうと予想。本人は相変わらずタイムアウトを心配している。

 

朝はホテルの食事。

ベーコンエッグに、ソーセージに、豆。ジャガイモ。相変わらずのメニュー。

しかし去年より味が良くなっているように思えた。

オージー料理は、健康的なのか、とても味が薄い。

はっきり言って味が無い。

私自身、かなり薄味好みを自負しているがそれでも味が無いと思える。

ところが今年は少し塩味がするではないか。

日本人の味覚を研究したのか、去年より明らかにおいしかった。

変化がないのはつらいが、ともかく全部残さずに食べることが出来た。

宿泊したエスプラネードホテル。正面です。

部屋はこの裏で、中庭を取り囲んで2階建てとなっている。

 

午前中は、ランコースの下見。

去年とは少し異なり、西レッグが短くなり、東レッグが延長された。

ランコースは、西レッグ往復3.5km、東レッグ往復6km、クイーンストリート往復1kmで一周。4周回する。東レッグを試走した。

ランコース東レッグ

ランコースは海岸沿いの遊歩道を行って、左の住宅前の道路を還る。

ランコース東レッグよりながーいジェッティを臨む。

ランコースからみる標準的な住宅。豪邸に見えますが、これが標準。2百から3百坪の広大な敷地に平屋の住宅。前庭と同じくらい広い後庭(backyard)もある。塀はなく外部におおらかに開かれた庭。

 

二人とも体調は良好。足取りも軽い。

ここでなれない食事と水のせいか、すこし私の腹が緩む。

壊れるまででは無いが、しかし緩い。

 

昼飯がとても面倒になってきた。

無理して食べると壊れるのではと心配になる。一方マッキーは絶好調。

おなかも絶好調。

「おなかすかない?」

「いやまだすかない」

この問答は1回だけ許される。

二度繰り返すと、マッキーの機嫌がとたんに悪くなる。

 

すぐに昼食をとるところを探す。

結局食べたいものが思いつかなく、寿司のデリバリーをやっている店で、私は巻き寿司、マッキーは得体の知れないヌードルを食べた。

ヌードルはあまり口に合わなかったようで半分残した。

マッキーが少し機嫌悪くなる。食い物の恨みは怖い。

 

夕方はカーボパーティ。

カーボパーティ会場入り口で。向かって左は梅澤さん、右は竹内さん。

真ん中で中坊のように見えるのがマッキー

 

肉類はあまりうけつけず、ジャガイモ、キャベツ、パスタを食べる。

マッキーはもりもり食べている。ようやく機嫌もなおったようだ。

 

最高齢出場者であり、エイジのワールドチャンピオンとして小島さんが紹介される。

パーティが終わったあとは、引き続き競技説明会。

ドラフティングゾーンが7mから12mに延長になった。

これが一番大きな改正点だった。

間に4台バイク間隔から7台バイク間隔に延長。

 

レース当日、マーシャルは容赦なくイエローカードを出しまくっていた。

イエローカードを出されるとペナルティボックスに4分間入らなければならない。

それも自分で申告して入る。

他には特記すべきことは無かったように思った。まっすぐ帰って、早めに寝た。

 

124日土曜日

レース前日。バイクと、バイク・ラン用品の預託。

バイクをもう一度点検して、数百メートル最後のためし乗りをする。

ポジションと整備はOK

昨日の昼夕と軽いもので済ませて胃腸を休ませたのでお腹の調子が少し戻ってきた。

Gooseにいって昼食。

ここがGoose。ジェッティの根っこにあるレストラン

 

Gooseの中。おしゃれで素敵な店です

 

分厚いフィレステーキを食べる。35豪ドル。日本なら倍くらいしそう。

わたしは貧乏性なのか輸入牛が大好き。

放牧で動き回って、健康な牛のほうがすき。牛舎に閉じ込められて、動かないで飽食して、霜降りになった和牛なんて不健康。

硬い肉を噛み切る食感が大好き。柔らかい肉なんて、野性を損なうと正当化しています。

それでも今回はフィレですからそこそこに柔らかかったです。大満足。

パワーがみなぎってくる感じ。

 

マッキーはニョッキとかいう料理を頼む。ジャガイモと粉を練って団子状に揚げたものをチーズでくるんだようなもの。とても気に入った様子。

これがニョッキ

分厚いステーキと山盛りのポテト。力がみなぎります

 

ようやく満たされた感じ。明日は大丈夫

Gooseの隣はエキスポ。これが噂のエンドレスプール。ジェット水流に逆らって泳ぐ。豪邸でなくてもプールが置ける?

バイクゴールゲートで

 

何度かにわか雨が降ったので、天候が落ち着くのを待ってバイク預託に行く。

マッキーの前輪のタイヤがなんとなくぺっちゃんこ。

「今空気を抜いたばかり。ちょっとだけ抜いたつもりなんだけど」

「しかしこんなにぺっちゃんこもおかしい。」

「いつからだ?」

「わからない。」

あわてて、係員に断わって、前ホイルをはずしてホテルに持ち帰り、バスタブに大急ぎで水を張って、パンクの水試験。

バルブの差込み口から気泡が少しずつ出てくる。やっぱり、持ち帰ってよかった。

タイヤの張替えを考えたがその前にバルブ差込口をペンチで増し締めしてみた。

気泡は出なくなった。

これでOK

 

再びトランジッション会場に戻り、係員に説明して、再入場させてもらいホイールを着けて一見落着。

他、トランジッションバックバイク用とラン用を預けておわり。

無事ラックに収まったマッキーのCEEPO Vixen女狐ちゃん。時々にわか雨が降るので大事なところはビニール袋でカバー

今年のスイムゴール。マッキーがここをくぐればもうレースは半分以上終わったようなもの

 

夜はダイナスティに行く。

ガーリック海老とガーリックイカ。普通の白飯を食べる。

ガーリック(にんにく)で冷え気味のおなかが温まり、またまたパワーがみなぎってくる。

巻き寿司を買う予定だったが売り切れていたので、ダイナスティでテイクアウト用の白飯をもらう。

レース当日の朝、できれば米の飯を少しでも食べておきたい

 

夕食にでかけるいでたち。冬の北海道とおなじ格好です。オーストラリアの夜は冷える。帰り道風邪を引かないよう注意。

 

早めに就寝。

FANCLのぐっすり時間バレリアン&ギャバというやつを5粒口に放り込む。

前に快眠サプリと呼ばれていたやつ。コテンと眠れた。

こいつはちゃんと眠れるし、睡眠導入剤のように、目が覚めたら後は眠れないというわけでもない。

きちんと深く眠れる。

 

そして朝起きた後は、影響が全く無くすっきりする。すぐれものだ。

薬剤ではなく、サプリメントの範疇に入り、コンビニで売っている。

 

125日日曜日

レース当日の朝。3時半起床。仕度をして4時に食事。

みんなもう食事は終わっているみたい。

少しあせるが、マイペースマイペース。

 

このホテルはきちんと朝食を用意してくれている。組合が強いお国柄、経営者が命令しても駄目。

従業員が心意気に感じてやってくれているのだろう、お礼を言うと、とてもうれしそうだった。

朝食を多めに詰め込む。

 

部屋で、インスタントの味噌汁を沸かして、昨日テイクアウトした白飯を電子レンジで暖めて

カーボローディングの追加をする。

 

ゲップ状態で、トランジッションに向かう。

マッキーの前輪は空気漏れなく、タイヤは昨日と同じ硬さだった。一安心。

空気を入れて、プレスイムバックに来ていたジャンパやぞうりなどを入れて預託。

空気入れは預託できないのでもって帰らなくてはいけない。

 

梅澤さんがちょうどホテルに空気入れを持って帰るところだったのでついでということでもって帰ってもらった。感謝。

トイレに行ったり、ストレッチをしながらスイムの時間を待つ。

 

スイム編

やがて夜も明けてきた。スタートのビーチに向かう。

オーストラリア国歌が斉唱される。オーストラリア国歌が定まったのは1980年代。ごく最近のことです。

それまではイギリス国歌を使っていた。最後まで国歌候補として残っていたのがWaltzing Matilda

こちらは国歌というより国民歌。

正式な国歌がスーツとすればこちらはカジュアル。こっちの方が聴いていて元気が出るのにと思った。

 

まずプロがスタート。

今年はジェッティを去年とは逆に反時計方向に回る。

プロの位置取りを参考にする。

 

545分エイジグループのスタートホーンが鳴った。

去年はマッキーに付き添って泳いだが、もう大丈夫。今年は一人で泳ぐ。

久しぶりで自分のスイムタイムが刻める。

楽しみだ。

 

左顔上げなので常にジェッティが見えてコース取りが楽。

ちょうど朝凪で風が止まっており、海も静か。泳いでいて、わずかに接岸流と思えた。

帰りが楽なのは良い。

みなジェッティから離れて泳いでいるが、どうしてもジェッティに近づいて泳ぐ。

わずかに遠回りになるが、蛇行するよりは良いと割り切る。

周りにあまり人が居なくて泳ぎやすい。

魚はあまり居ない。

 

時々銀色の、ごく普通の小さい魚が群れているのに出会う。

トロピカルでカラフルでいろいろな魚と出会うハワイの海のにぎやかさとは少し違う。

しかし透明で、ずっと底まで見えて水もきれい。

1周回の雄大なコース。とても泳ぎやすいし気分も良い。くらげもいた。

 

ウェットスーツから露出している手の平や足の甲に触れる。なにも起こらない。

毒のない無害なヤツのようで一安心。

43分くらいで折り返し。帰りの方が少し長い。

ジェッティの近く。

旧いジェッティの橋げたを切り落とした切り株が海中に見える。その上を泳ぐ。

 

海はあまり深くないが、海底でジェッティの橋げた切り株が刺さっている部分が深く掘られたように陥没しそこだけ深くて見えなくなっている。

なにかヌシのようなヤツが潜んでいて、襲われるのでは?などと、理由の無い不安を覚える。

 

集団から離れると心細く、このような不安が起きたりもするもの。

顔を反対側に上げてみると、集団は30m位横を泳いでいる。

海中の切り株が、泳ぎのストロークに伴って、後ろに流れていく。

ちゃんと前に進んでいることが実感でき、なにか泳ぎがうまくなったような気分の良さを味わえる。

深い海で青いだけで何も見えないと、とても不安になるのだが、その点このバッセルトンジェッティの傍はとても泳ぎやすい。

 

朝日が海面を照らす。もろに目に入ってまぶしい。

ジェッティの影が海面に落ちているところに移動して泳ぐ。うまい具合にまぶしさが無くなった。

地味な魚だが時々群れていて目を楽しませてくれる。

 

ようやくビーチが近づいてきた。砂の海底がすぐ近くに見える。

立ち上がりたい、しかし、見たよりは深い。

立ち上がって、届かなかったり、やっと届いても歩けない。

タイムロスになる。

波が荒いときは放り出されて危険。

 

クロールで水を搔く指先が砂に触れたときに立ち上がり歩行に換えるべし。という基本に忠実に、泳ぎ続ける。

着きそうで着かない。なかなか着かない。もう立ち上がって歩きたい。その気持ちを抑えて泳ぐ。

この間結構長く感じるもの。やっと触れた。

この感触は何回レースに出てもホッとするものがある。

 

スイムが苦手な人はもっと感激するだろうな。

マッキーはきっと指先が砂に触れたとき、泣いて喜ぶだろうなと思う。

シャワーの前にウェットスーツを脱いで下に重ね着をしているバイクウェアでシャワーを浴びる。十分に海水を落とす。

 

左の足首にタイミングチップが取れないで着いていることを確認。

着替えテントに向かう。トランジッションバックの中身を空ける。

ウェットスーツ、ゴーグル、キャップをバックに収める。

ヘルメットをかぶりゴーグルをつけて、バイクシューズをはいて、日焼け止めを少し塗って、さあバイクスタート!!

 

Swim Time

槇本 美恵子 1:55:44 7:57(transition)

槇本  深  1:34:56 7:59 

 

バイク編

バイクスタート。

最初は追い風。公園前の道路を走る。

応援がすごい。

Cary通りを右折。やがて沼沿いの道を走る。

水鳥が一杯、ペリカンの一種か。

 

白い身体に曲がった黒い嘴。嘴の下の袋はない。

ここらは林が無く、風が吹き抜けるところ。

追い風で快調に飛ばす。帰りが怖いと思いながら橋を渡ると、海沿いの枝道に入っていく。

 

舗装が荒くなる。ギア1・2枚分スピードが落ちる。

このロスは競技者全員に平等にかかる。

風は小柄ややせた人に不利、坂は太った人に不利、といった不平等が無い。

だから気にしない。

 

右手に牧場。左手に防風林をはさんで海。

緩やかな追い風で快調に飛ばす。5kmくらい行って折り返し。今度は向かい風。

風は天気予報では7−8mくらい。

防風林のおかげで少しマイルドになっている。

 

このレッグの帰り、もう少しで終わりの所。マッキーとすれ違う。

差は10km無い。20分少々の差しかない。

スイム2時間かからないで挙がったと思われた。

よしよし。

 

手を振って挨拶。

幹線に戻り、数キロ走る。今度は林の中の枝道に入る。10kmくらい行って折り返し。

ここも舗装が表面処理無しで荒い。

行きは追い風、帰りは向かい風。

 

しかし林で風が随分と和らいでいるのが助かる。

朝の早いうちは影が長く、涼しい。

 

快適に走る。

途中大きな蛇がバイクにひかれたのかお腹を上に向けて死んでいた。

青大将位の長さだが、もう少し太くて獰猛そうな感じ。

これを轢いた人はビックリだっただろう。

戻って幹線道路を突き抜けて反対側を約2kmくらい。

そこに比較的大きなエイドステーションがある。

あった。赤十字マーク。

 

ワセリンを股に塗って股ずれを予防する。

リピータになると、同じところで同じ事をするようになる。トイレも同じエイドでする。

因みに競技説明会で、立ちションや野ぐそは禁止といっていた。

実際に一人これで失格になった人がいました。

 

マッキーの同年代有力選手のゼッケン番号を覚えていた。

なんと私の周りに4人もいる。これはマークしなければ。

3人はかわして、ドラフティングゾーンに入らないよう気をつけて、一番早い一人をひそかに追尾する。

この時はこの選手がカテゴリのリーダーと信じていた。

 

マッキーが私をかわし、続いてこの選手をかわせばハワイが見えてくる。

しかしなかなか手ごわい。

なんとか見失わないように追尾。

 

2周回目。

沼の近くでマッキーとすれ違う。

私のすぐ前に一人。私とマッキーとの間に3人。「ライバルすぐ傍!」と大声を上げて伝える。

しかしマッキーは「何?」と気の無い返事。

どうやらメッセージは伝わらなかった。

 

ここでずるずるとマッキーのカテゴリーリーダーに離され始める。

しかし、ランで逆転可能な差だと思い直す。

F55のカテゴリーリーダになんとF60カテゴリのつわものが並びかけた。すごい。

一時前に出たが、やがて後ろに着く。

4バイク幅だ。

前のルールなら良いが、今日は7バイク幅と言っていた。

そこにマーシャルのモーターバイク。

ビーとホイッスルが鳴る。

F60の選手を止める。イエローカードの提示。

可愛そうに。

 

しかしF60は気落ちせず頑張って走り続けた。

同年代がんばれと心の中でエールを送った。

1300人出場で、60kmの周回コース。

単純計算で、46mにバイク一台の間隔となる。

結構込み合っているところがあり、悪意が無くても不可抗力で集団走行になりやすい。

マーシャルはそれを見つけると、しばらく追尾して、一時的なものか、継続的なものかを見極めているようだ。

継続的なものと判断したら容赦なくホイッスルを鳴らしイエローカードを出す。

なかなか厳格なルール運用だった。

F55のつわもの達は結構タフで2人は前に行かれた。

2周回の終わりスコールに見舞われた。

全体に曇り空で、時々太陽が顔を出す。涼しくてちっとも暑くなかった。

 

3週回目。

往復で20kmにもなる林レッグの入り口。

F55のカテゴリの選手が出てくるのとすれ違う。

わたしと20kmの差。時間にして40分余りの差。

なんだ今のは。ゼッケン番号間違いない。F55だ。

 

ずっとマークしていた選手はカテゴリーリーダーではなかった。

すごいのがいた。

あの選手は70.3しかでていなかった。初めてのアイアンマンのはず。

すごいスピード。ライドフォームも決まっていた。

これはかなわないかもと思う。

さて私のほうは、去年と違い、回りに居る選手がそんなに遅くない。

最終周回とはいえ抜くばかりではない、抜かれる事もある。

 

風は遅くなるほどだんだんと強くなる。

帰り道、沼の傍、林が傍に無く風が吹き抜ける。

時速20kmをかろうじて保つ。

20kmを割ると心で叱咤激励して何とか20km以上を保った。

向かい風では何人かかわした。向かい風には強いんだと自己暗示をかけている。

やがて街に入り、バイクゴールとなった。

 

あと、バイクで終始小島さんと前後し、常に姿が見えていた。

DHポジションを取らないで、頻繁に立ち漕ぎを入れていた。私と前後するような人ではない。

どうしたのだろう、腰でも痛めたのでは?と心配していた。

 

ランでは一転して、本来の力を発揮してかっとんで行った。

あとで聞いたら、DHバーが緩んでメカトラブルを起こしていたそうで安心した。

身体は簡単に治せないが、バイクはすぐ治る。

小島さんは日本選手団の誇りです。

身体が無事でほんとに良かった。

 

Bike Time

槇本 美恵子 6:53:56 7:20

槇本  深  7:00:40 6:04

 

ラン編

来た日から、曇り。風が強く、肌寒い天気。スポーツ用品店を探し、7分のランパンツを現地調達しそれを使った。

ひざが冷えなくて良い。

正解だった。

上は長袖の白っぽいバイクジャージを引き続き使う。

帽子はグレートハットを使う。

100均で買ったサングラスをして、日没に捨てる。

 

靴は赤浜さん製作の特製中敷。

ランスタートすると、一度クイーズ通りというメインストリートに出て行って、ゴールのそばを折り返して、海岸に戻り、海岸の遊歩道を走る。

メインストリートはランコースに柵が張り巡らされ、ギャラリーは鈴なりになって熱い応援をくれる。

 

ハイタッチも多い。自然気分がハイになり、足取りが軽くなる。

脈拍数が150くらいに跳ね上がっていた。

最初の2キロが、16分と少し。

タイムは上出来すぎる。脈拍は速すぎる。

 

明らかにオーバーペースと自重する。

キロ10分を割らないことを目標にゆっくりと走る。

脈拍は130前後に落ち着く。1周10.5mを4周回するコース。

メインストリートを5回も通る。

まず、往復3.5kmくらいの西のレッグに向かう。

こちらは、応援密度が高い。

折り返しまで応援は途切れることなく続く。

エイドも十分。

水、氷、ゲータレード、オレンジ、スイカ、コーラ、ビスケット、そして塩味のペーストをはさんだサンドイッチ。これが良かった。一見、チョコレートサンドに見える。食べてみると塩味がする。野菜などを醗酵させたソースらしい。

ミネラル補給にも最適でとても元気が出た。

チョコレートと思って口にして、顔をしかめる人が多いが、なれるとはまります。

オーストラリアでは、発酵食品が少ないのでとても貴重。

ふだんから食べると体調に良かったかも。

西レッグを戻り、ジェッティの根っこの部分に着くと

また盛大な応援がある。

東レッグに向かう。

こちらは往復6kmくらい。

あと往復1kmは海岸とクイーンストリートの南北の往復。

各レッグがそんなに長くなく、頻繁に中央部分のにぎやかなところに戻るのでさびしくない。

グレートハットが受けて、盛大な応援をもらった。

Swagmanという声が聞こえた。

Swagmanとはオーストラリアのカウボーイ。

いやシープボーイ。

ハットのつばにコルクの錘をつけた糸をたくさん垂らして

ハエが顔に着かないようにしている帽子。

中国の皇帝の被り物みたいに、すだれが垂れている帽子。

それをSwagmanハットという。

グレートハットもハエよけ効果がある。

なんとなくWaltzing Matildaを心で口ずさみながら走る。

Waltzing Matildaはオーストラリアの国民歌。

切なくて哀しいのだが、元気と勇気が出る。不思議な歌です。

陽気で人懐っこいSwagmanが、You come a waltzing Matilda with me.と歌う。

羊泥棒の嫌疑で沼に飛び込み幽霊になっても歌っている。

オーストラリアの沼のほとりでは、いまでもその幽霊の歌声が聞こえるよ。

そういう内容の歌詞です。

 

一緒に旅をしようぜ。

一緒にマチルダ踊りを踊ろうぜ

さびしい野宿でマチルダと名づけた寝袋を抱いて、あたかもダンスパーティで踊ってることを想像する。

Waltzは踊りのワルツ、そして放浪の旅でまわり歩くことも意味する。

歩くと背中に背負った寝袋(マチルダ)が揺れるさまが、ワルツを踊っているように見えるという意味もある。

マチルダはドイツ語が語源で、女戦士という意味がある。

スラングとして、軍隊の遠征についてきてくれる女性をも意味したらしい。

一人寝の寂しさで、抱きしめる寝袋。

それにマチルダという名前をつけたという説が有力。

オーストラリアは広い。そして夜は寒い。

何日も人に会わないで野宿を重ねて、牧場から牧場へと渡り歩いたSwagman

そのせつないさびしさと、人恋しさを切々と歌うのがWaltzingMatilda

 

「愉しい寄り道」というブログからの引用です。

http://blogs.yahoo.co.jp/ken_diet/archive/2008/6/15

オーストラリアの人々はSwagmanを祖先とする人が大部分。

 Walting Matildaについては、吉永小百合さんが「街ものがたり」に書かれていますので転載します。

 

『ワルツィング・マチルダ』

 オーストラリアは、先住民アポリジニの国でした。18世紀後半、イギリスがこの大陸を犯罪者の流刑地としたときから、オーストラリアの歴史は大きく変わります。それから約一世紀後の19世紀半ばのころの、こんな伝説が残っています。

 

 大平原の牧場に、スコットランドから美しい花嫁がやって来ました。ところが、新婚わずか3ヶ月ほどで夫の牧場主は急死してしまいます。悲しみにくれた彼女は、祖国へ帰ってしまおうかとも思いますが、夫の遺志を継いで、女ひとりここに踏み止まって牧場経営をはじめます。

 

 当時のオーストラリアは、スワッグマンと呼ばれる放浪の男達が、マチルダと呼ばれる野宿用の毛布を背負って、牧場から牧場へと渡り歩いていました。

スワッグマンのなかは、そうして気に入った牧場にそのまま居ついて働くものもいました。そんなスワッグマン達の間に、あの女牧場主は、母親のように優しい、という評判が立ちます。

 

 そんなある日、大男のスワッグマンが現れました。女主人は、いつものように彼をもてなしました。男は女主人の優しさにふれて、ふるさとのスコットランドから、苦労してここまで流れてきたことを問わず語りに語ります。

女手ひとつで自分を育ててくれた母が亡くなって、悲しみを断ち切るために、この新大陸へきたこと、などを。

 そして彼は、この牧場で働かせてほしいと頼み、昼は力仕事を精一杯やり、夜になると、なつかしいスコットランドの歌を歌う毎日が続きました。

 

 その歌の最後は決まって、「マチルダを背負って旅をしよう・・」というのでした。

 ところが、十日ほどしたとき大男は突然、また旅に出るといい、朝もやのなかを去っていきました。

 それから、数日後、騎馬警官が牧場にやって来ました。

 「この先の牧場で大男のスワッグマンに羊を盗まれましてね。そいつは騎馬警官に追われて、この先の沼に身を投げて死んだのですけど、こちらは大丈夫でしたか」

 女主人は信じられません。

 「あの大男がそんな。羊泥棒だなんて、何かの間違いですわ」

 女主人はそういうと、大男が死んだという沼のほとりへ急ぎます。ユーカリの木に囲まれた深い沼は、何事もなかったかのように静まりかえっています。

 

風がユーカリの木の葉をゆらし、その音が、彼女には大男の歌のように聞こえました。

 「マチルダを背負って旅をしよう・・」

 マチルダを背負って旅をしよう、と歌う『ワルツィング・マチルダ』は、オーストラリアの国歌以上に、人々に親しまれている歌であり、オーストラリアを代表する歌として、百年以上も歌い継がれています。

 

 オーストラリアに行って、初めてこの歌を聴いたとき、私は胸がいっぱいになりました。

オーストラリアの人たちが明るく歌っているのになぜか哀しいのです。

昔、過去をひきずってこの大陸にやってきた男達のせつない思いが、歌の中から静かに伝わってきました。

(街ものがたり:吉永小百合著、講談社)

引用終わり。

 

オージー達と挨拶を交わすと、儀礼ではなくほんとに人に会うのがうれしくてたまらないという気持ちを全身で表現する。

応援にもその気持ちがこもっている。

やはり、大陸の広さ、少ない人口。

厳しい気候。

移民の歴史。

厳しい開拓時代。

など、人恋しさがつのる風土と歴史なのでしょう。

 

アイアンマン西オーストラリアの盛り上がりを肌で感じるでしょうが、オージー達の心の根っこにこの歌があると思います。

だからスタートの国歌もこちらの方が盛り上がるのになと感じた次第。

バイクで通った沼のほとりでもこんなところにSwagmanは野宿したのだろうなと想像した。

幽霊の歌声もちっとも怖くない。

 

さてレポートラン編に戻ります。

東レッグは一部住宅から離れて応援が途切れる部分もある。

すぐに住宅と接して応援を受ける。

周回コースは、変化がない様に思えるが、応援密度はとても濃厚。

とても愉しい。

マッキーはすぐに追いついた来た。

スイムから上がって風邪を引いてしまった。

頭痛と吐き気がするとの事。

マッキーは冷え性。

ウェットスーツの下にバイクウェアを重ね着して、トランジッションタイムを節約する戦略が間違っていた。

きちんと身体を拭いて、乾いた服に着替えていれば大丈夫だっただろう。

しかし、そこそこ軽快に走っている。

ハワイは無理そうだから、無理しないでともかく完走しようと話した。

私のゴールは見ないでホテルで休むよう話す。

 

さて私の走りは。

キロ10分前後のペースを刻んでいたが、だんだんとキロ11分くらいに落ちてきた。

脈拍は130前後。無理はしていないが、筋肉が大きく動かない。

何とか1時間余してゴールしたいと思う。

 

それはここが高速コースで、私のレベルでは通常のコースより1時間は早いということによる。

1時間前にゴールできれば他のコースでも通用する。

1時間余しができなければ他のコースでは通用しない。

3周目、私よりさらに年配のM70カテゴリの選手。

身体が傾いたまま私を抜いていった。

そのまま、遠くに去ることなく、常に視野に背中が見えていた。

 

脳卒中の後遺症なのか、身体が傾いているが、ともかく歩かないでしっかり一定のペースで走っている。

最初はこんな人と同じペースかとへこんでいたが、卒中を克服してアイアンマンを走っている事を思えば尊敬に値する。

そんな人でさえ歩いてないのだから絶対に歩かないで走りきろうとと誓う。

 

4周目最終ラップ。

M70カテゴリーのおじさんのペースが落ちてきて追いつく。

ボランティアが駆け寄り、Are you all right?と聴いている。

しっかりと、「I'm OK I'm fine.

と応対している。あきらめないようだ。良かった。

傾いて走っていたM70カテゴリのおじさん。向かって右側。翌日のアワードパーティで表彰された。このカテゴリは完走すれば入賞だ

 

西レッグが終わり、東レッグに行く。

1時間余しの目標は難しそうだ。

まあ、完走しよう。そして絶対に歩かないぞと誓う。

傾いたまま走っている人もいるのだ。

 

36km地点。

歩いて私を抜いていったやつがいた。

けっして珍しいことではないのだが、何かがはじけた。

筋肉が動かないならピッチを刻め。

 

あと6km。キロ8分なら目標の15時間台に間に合う。

この時点でキロ8分なんて到底無理。キロ10分が精一杯。

少しでも気を緩めると11分台に落ちる。

それが今の現実。しかし、スイッチが入った。

 

38キロ地点までの2キロをキロ8分で走れた。

ひょっとしたらいけるかも。

あとは暗くて時計が見えない。

ともかくラストスパート。

エイドも飛ばして走った。

40キロ地点。

この2kのラップはキロ9分に落ちていた。

6時間切りは無理だ。

しかし、いったん入ったスイッチはそのまま、キロ9分でゴールまで走りぬく。

 

今回赤浜氏製作(ハマックス)のシューズ中敷を履いていた。

この最後のスパートがかけられたのはこの中敷のおかげと思う。

足が前へ前へと出る。

土踏まずをサポートしてくれているので、脚の筋肉疲労が少ない。7時間に及ぶランでもまだ脚が残っていた。

(ちなみにこのインソールのお問い合わせは

hamax-insoledocomo.ne.jp   ○を@ に換えてください。 Fax 0138-46-5565です)。

 

クイーズ通りに出た。真昼のような照明。

花道の柵を囲むたくさんの人たち。

ハイタッチの手を差し伸べる。ここからは楽しもう。

ハイタッチをしながらゆっくりと進む。

 

梅澤さんと竹内さんがいた。

梅澤さんとハグをしてしまった。

ハイタッチと、割れるような拍手の中ゴール。

Fukashi Makimoto you are an ironman!

おなじみのゴールコール。

いつ聴いても気分が良い。

 

とりわけ今回は、体力が落ちているのではないか?

不安の中、どこまでやれるかわからなかったのでうれしかった。

十分に余裕を持ったゴール。

アイアンマンを思い出としてではなく、今現在アイアンマンなのだという証を刻むことが出来た。

 

Run Time

槇本 美恵子 4:36:55

槇本 深   7:18:04  

 

Overall

槇本 美恵子 13:41:52 カテゴリ  6位  総合 1013

槇本 深   16:07:43 カテゴリ 14位  総合 1167

 

 

アフターレース

宿に一度帰る。

マッキーは葛根湯を飲んで、風呂に浸かって温まったらすこし具合が良くなったようで一安心。

着替えてゴールに戻り、カウントダウンを見る。

最後の選手は16時間44分で、あのM70の傾いて走っていた選手らしかった。

その後ゴールはない。

梅澤さんと竹内さんを見つけて、一緒に盛り上がりの輪に入る。

 

ゴールでは、ボランティアがディスコダンスを踊って盛り上げている。

若い女の子だけではなく、リーダーの年配のおじさんも愉しそうに踊っている。

盛り上げようという意図で、無理して盛り上げているのではない。

心から楽しんで自然に盛り上がっている。

 

やがてカウントダウン。

あと300mくらいのところに一人いるらしい。

みんながゴールさせてやろうと叫ぶ。

○○カモンと、声をそろえて叫ぶ。

しかし、時間が終わったところで、走るのをやめたらしくおわってしまった。

 

ゴールのにぎやかさ、盛り上がりはミニハワイコナ。

ワールドチャンピオンシップに勝るとも劣らない盛り上がりを見せていた。

コース途中の応援もチャンピオンシップに負けない。

町全体の盛り上がりも同様。

 

宿に帰り、シャワーを浴び、カップめんを食べて塩分を補い、VBビールの小瓶を一本キューっとあけて安らかに眠った。

 

12月6日月曜日

あさ5時頃目が覚めるがまた眠る。

朝食はしっかり食べることが出来た。ダメージは軽いようだ。

マッキーもすっかり元気になって一晩で風邪を治したようだ。

 

自転車とトランジッションバックを回収に行く。

9時になるのを待って、成績発表を見に行く。

マッキーはカテゴリ6位だった。1位はなんと11時間台。

もし、風邪を引かないで万全の体調だったとしても、ひとつ順位を上げて5位が精一杯だった。

十分にあきらめのつく、参りましたという成績だった。

 

最終ゴールがあの傾いた走りのM70カテゴリのおじさんだったことも確認。

なんとなくうれしくなった。

車椅子で走りきった人もいるが、あのおじさんは一般カテゴリで完走した。

車椅子で走りきった人と同等の価値があると思った。

自転車はそのままで、今度は交通機関として使って、気ままに街見物に走り回った。

 

去年のランコースの西レッグも懐かしんで見に行った。

昼はまたGooseに行って、同じメニューを食べる。

レースの疲れが癒える感じ。

オージービーフのたんぱく質が身体にしみこんでいく。

 

夕方大急ぎでバイクを分解して梱包。

アワードパーティだ。

エイジの表彰。

マッキーのライバル達の写真をしっかりと真近でとっておいた。

日本人では西口さんが5位入賞していた。

西口さん表彰台に登る。向かって左端

 

ワールドチャンピオンシップにも出たことがある人で、調子も悪くなくいい走りだったそうだ。

ハワイを狙ってきたと言い切っていた。

しかし、思いがけず大会のレベルが上がってしまった。

強豪が揃い踏みしてしまった。

表彰台に上がったことで少しにこやかになれて良かった。

M70の傾いた走りのおじさんもカテゴリ3位で表彰台に上がった。

最後に小島さんの表彰があった。

最大の拍手。

ステージを一周してお披露目。

西オーストラリアの顔になった、小島さん

 

ワールドチャンピオンの小島として有名になっている。

小島さんは去年に続き今年もチャンピオンシップを優勝し、2年連続でワールドチャンピオンになった。

来年もシードでワールドチャンピオンシップに出場できる。

完全にこの大会の顔になった。

 

表彰式が終わってお開きかと思った。

入り口の横の壁のカーテンがするすると上がる。

ディスコミュージックが流れる。ミラーボールとストロボイルミネーションが輝く。

ダンスフロアがしつらえてある。

三々五々フロアに行って、ディスコダンスを踊り始める。

メルトダウンパーティの始まり。

12時まで続くらしい。

 

数分間踊って雰囲気を味わった。

長時間続けるには、日本人はみんな帰りそうだし、荷物整理もすんでないし、さすがに疲れてもいるしで雰囲気を味あう程度にとどめた。

宿に帰りバイク梱包を仕上げ、シャワーを浴びて、バタンキューと眠った。

 

12月7日火曜日

6時に起きて、荷物整理。食事。

8時半に迎えのバスが来た。何とか間に合った。

 

バッセルトンよさようなら。楽しかった1週間をありがとう。

夜遅くの飛行機に乗るまでのあいだ、千尋さんを始めとする現地ガイドスタッフがいろいろと案内してくれる。

 

まずフリーマントルに向かう。きれいな港町。

ここのフィッシャーマンズワーフで昼食。

生牡蠣をサカナのビールはなかなかうまかった。

 

パースの動物園を見物。

コアラとカンガルー

野性のものは見れなかったが、ここで見ることが出来た。

広いスペースで、野性を再現したような感じで動物はのびのびと本来の姿ですごしている。

ここで飼われている動物達は幸せそうだった。

幸せそうな動物を見ると気が和む。

 

ひろいスペースで十分な散歩コース。

レースで強張った筋肉をほぐすアクティブレストにもなった。

パースの街に小児専門病院があった。

ガイドさんが、広い西オーストラリアの各地から必要があれば飛行機で患者が運ばれてくることも多いそうだ。

その飛行機はボランティアが飛ばすそうだ。国民の助け合い精神が充実している。

物だけではなく、心も豊かな国民性でうらやましい思いだった。

 

万国屋台のようなところで夕食。

万国屋台のような店。中華、日本、西洋料理なんでもござれ

上海攤という名前の店です。ShangHaiTang

 

うな丼を食べたが、あたり。

安いがゴージャスだった。

米も日本料理用のねばりのあるカリフォルニア米を使っていると思われた。

ビールも飲んだが、ぐっと拒否反応。

やはりまだ内蔵が疲れているのか、昼に飲んだビールで定量になっていたようだ。

パースの商店街で。????

パースの街。向かって右が小島さん。真ん中が杉本さん。

 

キングスパークという岡の公園に上がり、記念撮影をして終わり

キングスパークで記念写真

 

空港に向かった。

荷物は少し増えていたが、無事パス。

カンタス空港はありがたい。直行便で成田へ。

 

12月9日水曜日

朝成田着。

夕方の飛行機で函館に着。

 

おわり

 

追:

ともかく楽しい1週間でした。

コースは平旦で、高速コース。

風は強いが、林が助けてくれる。

 

林の中には鳥や、swagmanの幽霊が出そうな、小さくて神秘的な沼も散在して気分を癒してくれる。

低湿なので、気温が高いときでも、あまり暑さは感じない。

強いものではなく、速い者が勝つコースです。

 

マッキーはハワイ狙いでは向いていないコース。

しかしともかくオージーのノリがよくとても楽しめます。

チャンピオンシップと同等の盛り上がりを体験できる。

初心者、高齢者にもハードルが低くアイアンマンを完走できます。

メタボとアスリートのはざまでうごめく、我が“ナオチャンクラブ”にも向いた大会と思います。

私が脱帽するくらいのすごいおデブさんもちゃんと完走していた。

 

3年間海外レースに出まくりましたが、来年から仕事の関係でしばらく遠征はおあずけとなりました。

マッキーはどんどん行かせるつもりです。

練習だけはこなし、ふたたび遠征できるようになる日を待つことにします。

 

 

ふうさん でした。

 


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