2009アイアンマン70.3ハワイ参戦記
〜By Sugimura〜


レースに向けて


トライアスロンを始めてまだ4年目。レース経験もまだ4戦。
48歳だが、まだ能力は伸びると希望を持っている。


今回のハーフアイアンマン参戦を決めてから、自分なりにトレーニング計画を立ててみた。
オフは取らず、スノーボードも完全封印。


ベース期3か月、強化期3か月を設定し、段階を踏んでトレーニング量と負荷を増やした。いわゆる、元プロトライアスリート宮塚英也方式だ。


3種目プラス補強トレを平均して週12時間。
月にすると50時間近くをこなせていた。


身体のあちこちに痛みはあるものの、たとえて言うならば、飛躍する前の低く構えた状態だと思っていた。

強化期2ヶ月目の現在の走力を知るために出場した、伊達ハーフマラソンまでは・・・





【スイム編】

昨年のアイアンマンハワイ、ワールドチャンピオンのクレイグ・アレキサンダーやクリス・リエト。
女子の有力選手、べリンダ・グレンジャーも参戦している。


第一ブイまでの最短距離に位置どっていることだろう。
当然だが周りは外人さんだらけ。割合は98%くらいになるだろうか?


しかし、気負いはない。緊張も無い。
なぜかとても穏やかな気持ちでスタートを待つ。


シュプレヒコールやカウントダウンなども無く、(国歌斉唱があったようだが聞こえなかった)

とても静かな雰囲気の中、大きな号砲が響き渡った。

さぁスタート!

最前列から5mほどからのスタートだったが、スタートラインが広いので、バトルはまったく無いと言ってよいだろう。
時折、足を触られるくらいだ。

とても奇麗なビーチなので、周りの選手の泳ぎがよく見える。
「は、速い!」 ひと掻きひと掻き、離されていく。

いつの間にか周りに誰もいなくなった。「コースミスか?」
ヘッドアップしてみると、一番近い人でさえ10数メートル離れている。
やはりコースミスしたようだ。

コースロープが無く、ブイの間隔が2、300mあるのでヘッドアップは必要だった。
それからは3掻きに一度くらいブイを確認した。

長方形のコースの長辺はとても長く感じた。800m近くあっただろうか?

途中、足首に巻いた計測チップのマジックテープが剥がれそうに感じたので一度止まって確認した。ついでにヒラヒラしていたテーピングも剥がした。

スイムに関しては、依然として苦手意識があり、ウォーミングアップのつもりで泳いだ。上を目指すのならそれではダメなのだが・・・

後半は、バテてはいないのだが、進まなかった。(下手だからだ!)
なんとかスイムアップ。 

 42’18   754位  


さぁ〜ここからがんばるぞ!


ビーチからバイクラックまでの急な坂を登る。歩いている選手もいる。

スイムで10数人を抜くことは中々できないが、ここではパスさせてもらった。



【バイク編】

トランジッションに着いて焦った。バイクが少ない!
遅い方だと予想はしていたが・・・ここまでとは思わなかった。
バイクが3分の1、いや4分の1しか残っていない。

相変わらず段取り、手際が悪く、トランジッションに手間取った。

MAEさんは、10分前にスタートしたそうだ。「さすが、速いや」
妻の見守る中バイクスタートする。

緩やかな登りを過ぎ、クイーンKハイウェイを一度南下し、Uターン。
北上しハヴィでの折り返しを目指す。

脚を故障し、バイクのトレーニングに特化できた。

松前一周235kmを正味7時間30分
平均時速30km/hで走れたのは自信になった。
90kmは最初からMAXでいけると思っていたのだが・・・

序盤、1車線分はあろうかという、路側帯に入る間もなく、大陸的な緩やかな登りも下りも前半は次々とパスできた。

登りではひとかたまりのパックごとパスする。
「◎×△#$&‘@:”%!」抜いた選手から声がかかる。
どうやら褒めてくれているようだ。

中盤に入ると、登りでは明らかにスピードに差がある選手でも、下りになると追い抜いて行く。
「・・・LEFT」 「左、行くよ」と、何度か同じ選手と抜きつ抜かれつした。

反対車線に物凄いスピードのバイクがやってきた。
リエトかアレキサンダーかは分からないが2位以下とはずいぶん離れていた。

ハヴィに近づくにつれてエイジの上位も次々とやってくる。
実力が拮抗しているからか、パックになっている。

パックとドラフティングのギリギリラインもテクニックのうちなのかも知れないが、明らかに・・・と思える選手もいて、とても残念な面も見えた。
レベルは高くはないけれど、トライアスリートとしての質は下げたくない。

登りの向かい風はきつかったが、後にこれがコナウインドと知る。
レベル的には赤ちゃんクラスなのだろうが・・・

登りきったところのハヴィで折り返し、追い風のコナウインドを受けてふっ飛ばす。

コナウインドも終わり頃になって、内腿がヒクヒクしてきた。
「痙攣?水分不足?塩分?」用意していた塩を舐め、まめに水分補給をする。

90kmの距離をナメていた。というよりは、日差しをナメていたのだろう。
内腿の痙攣など経験がないが、やはりこの日差しの強さからくるのだろうか?
ランまでに治るだろうか・・・

後半に入ると、登りでもなかなか抜けなくなった。

日本ではあまり経験のない、何人もの女子選手にも抜かれる。
女性と言えど自分と体格は変わらない。

多少、付いているものが違うだけ(笑)そう思うとバイクの強さに納得。

ハプナビーチからバイクゴールまでの約10kmは抜くよりも抜かれる方が多かったように感じた。
楽しみにしていたバイクパートだったが、最後は力尽きた…
でも、満足の90kmでした。

バイクパート 2:53’11  410位



【ラン編】
ハーフマラソン自己ベストと引き換えに負った代償はふくらはぎの肉離れだった。
2週間の完全休養後、再開したジョグでまた、‘プチッ’っといった。
今後のレースもあるので今レースの参加を迷ったが、制限が8時間30分あるので最後はウォーキングで楽しもうと思っていた。

偶然、ルネサンスで五稜郭整骨院の佐藤先生と逢った。事情を説明すると、「大会では走り切れないまでも、今は治療が大切。治療に全力を尽くすことが最善、最優先」
とっ言ってくれた。今は治療が一番のトレーニングということか。

レースまで残り3週間。もどかしかったが、それまでは絶対走らないと決め、佐藤先生の言葉を信じ治療に専念した。

バイクを降りると、痙攣は予想以上にひどく、とても走れる状態ではなかった。
応援者のいるところだけでも走ろうと思い、ランスタートした。
応援者が多くて、妻の姿を見つけることは出来なかったが、声はしっかり聞こえた。

ゴルフコースに入り、立ち止まって、痙攣している内腿を揉んでみた。
たちまち収縮し、揉んで治るものではないことはすぐに分かった。
歩いてみた。急ぎ足、小走り、と段階を踏んで走ってみたが、ジョグまではいけなかった。

この脚でアンダーパスのような急な下りのゴルフカート道路はきつかったが、いつものレースでは2km位で走れるようになる。
時間がそうしているのか、距離が解決するのかは分からないが、症状は違うが今回も望みを持って我慢した。

エイドでは太もも、両肩、首、にスポンジ、帽子に氷、スイムアップよりもビチャビチャになりながら冷やした。
一般道に入りると、ヒクヒクいっているものの、ジョグ程度には走れるようになってきた。

ふくらはぎはまだ無言だった。
距離はマイル表示だったが、5km地点はキロ表示で助かった。
5km 28分台 5’40/km  このペースで2時間ちょうど。
このままでいい。走りきりたい。

「ウォラープリーズ!」 焦げそうなくらいの日差しなのでスポンジに水を補給したかったが、差しのべてくれたのはコーラだった (笑)
「発音が悪かったか・・・コーラは最後のひと踏ん張りの時に頂くよ」申し訳ないが、捨てた。

ふくらはぎを意識すると、走りがギコチなくなるので、背骨を柔らかく走ることだけを意識した。
ふくらはぎに少し痛みを感じたが、膝裏、すね、と移動している気がした。
経験上、この痛みは自分を困らせない痛みだと思った。

10km付近の折り返しで、MAEさんとすれ違う。
タイム差は5分くらいだった。
バイクか、ランかは、分からないが少し差は縮んだようだ。
10km 53分台 この5kmは5’00/kmだ。 上がってきた。

少し前方に、今回のツアーのメカニックのOさんがいた。
ディレイラーの調子が悪く調整してもらった人だ。
並走して「昨日は、ありがとうございました」と、礼を云い前に出た。
少しすると、Oさんが抜き返してきた。

そういえば、同じカテゴリーだ。対抗心はないのだが、並走、追走。緩やかな下りも手伝って、自然とペースアップ。
4’30/km近くまで上がったように思う。
折り返し、15kmを過ぎると、思いもよらず、MAEさんが前方に見えた。

「Oさんのように、後半に備えて温存? だとしたら、かなわないな…」と、思った。
痛めていたふくらはぎは無言だったが、一ヶ月半走ってなかったからか、太ももに乳酸が溜まり、「もうこれ以上は無理!」と主張している。
「もともとランパートは歩こうと思っていた身。この地点で、このスピードで走れていること自体、奇跡、おまけ」今は全力をつくすだけ。

「MAEさん、(一緒に)行きますよ」と、前に出た。
「やっぱり来たか」と、MAEさん。
さすがMAEさん、ぴったり追走。緩やかな登りが11マイルまで続いた。

残り3.5kmくらいのエイドでポパイのホウレンソウならぬコーラをもらう。
ゴルフコースに入り、滑り台のような急勾配のカート道路は登りも下りも身体をいじめたが、ゴールまでの芝は気持ちが良かった。

ゴール前では妻が待っていた。
妻とは一緒にゴールしようと約束していたが、ふと気付くと妻がいない。

しばらく待っていたら、「ここ、同伴ゴールできないんだって〜、ゴールの向こうで待ってるね〜」と、行ってしまった。
「それならさっき言ってくれよ!」と、言いたかったが、妻は寅年、俺は丑年。牙をもつ者には敵わない・・・


そんなこんなで、感動のゴールの予定でしたが、なんか苦笑い的なゴールとなってしましました。
でも、大大満足


ランパート  1:45’33  93位

5:27’09  総合250位  カテゴリー 32位/118






今回ほど、人に支えられたと感じた完走はありませんでした。
文中の佐藤先生はじめ五稜郭整骨院のスタッフのみなさん。

体調が悪い中、MRIを撮るために病院に取り次いでくれた、鎌田先生。
コナウインドを心配してホイールの振れを取ってくれた中西さん。

治療のため毎日早く帰してくれた職場の同僚。
応援、激励メールをくれた皆さんにも 感謝、感謝です

そして、一月半走れなくて心配を掛け、レースでも脚を引きずっているんじゃないかと気苦労をかけた妻にも感謝です。

皆さんのおかげで完走できました
ありがとうございました。 



戻る

REPORT-TOP