2009アイアンマン70.3ハワイ参戦記
〜By Fuusan〜

   
ふうさん(Fukashi Makimoto)

【はじめに】
 この大会も今年で、三度目。
 今年は、函館勢は大ツアーです。
常連の富田さんと、2度目の成田さんをふくめMAEちゃんにスギさんが参加、5家族。選手6名、総勢10名のツアーとなりました。
全日本の何割かを占める一大勢力となりました。

 今年のマッキーズはいろいろと大変だったのです。
 二人のそれぞれの親4人がそろって80歳台。
介護や、病気などでマッキーの肩にずしりと負担がかかる。
 私は同僚の産休と育児休暇のためここ半年間休みなし、週4日当直というローテーションを連休明けまでこなした。
 競技説明会で、開口一番、いろんなことを乗り越えて、いろんなことを犠牲にして、世界中から集まった。
今ここに集まることが出来た競技者の皆さんおめでとう。
英語なので、多分大筋そのような意味だったと思うが、思わず、うるうるとなりました。
  
【それぞれの課題は】
 マッキーは一度目はスイム150mで溺れてリタイア。
二度目の去年は、完泳したものの、タイムオーバーで先に進めず。
今回は三度目の正直となるか。
ともかく丘に上がって、かって3回(ハワイ2回、チェジュ1回)も海外まで運びながら、いちども、海外の大地を走らせてもらえていない愛車ノーブランドのカーボンフレームながら、デュラエースのパーツそして、フェラーリレッド、フルクラムのホイール。
このホイールの色は戦闘心を掻き立てる効果があり、通りかかった犬が全部吠えます(笑)。
この愛車に、コナウィンドの風を溶岩台地の熱気を、コンチネンタルのタイヤにハワイのアスファルトのキッスをともかく完走。
そして、世界での自分の位置を確認すること。

 私ふうさんは、連休明けまで満足な練習が出来ず。
ともかく、完走できればよい。
記録を狙えるコンディションではない。
マッキーのスイムも大分まともになってきたので今年は、スイムはマッキーの伴泳をして、あとは、完走できればよろしい。
丘に上がったら、それなりにベストを尽くそう。
という戦略を立てた。


2009・5・28(木)
 函館を出発。
飛行機に乗れば、浮世のことは関係なし。
ホーッと思わず、うれしためいき(新語?造語?)がもれる。
半年近く休み無しで働いたご褒美でとった休暇。だれにも文句は言わせない。
マッキーも親の面倒をよく見てくれる。
しばし別世界で浮世のことは忘れよう。

昼前に東京着。

富田さんと麻布のうなぎ屋で昼食。
150年続いている老舗とか。
天然うなぎのいちばん高いやつを食べてみる。
うなぎがあまり好きでない、マッキーと富田さんの奥さんには大好評。
うなぎ大好きの富田さんとわたしは少し物足りなかった。
とっても上品な味。
脂っこいくどさが全く無い。香ばしい。
うなぎ嫌いの人にはお勧めでした。

上野駅周辺にはARTスポーツ他、スポーツショップが軒を連ねています。
ここで、物色と目の保養をする。
アスリートソルト、頭の後ろを日焼けから守るシェード、心拍計発信機などを買う。
ふだんカタログでしか見られないものを、手にとって見られるのはいい機会でした。
上野駅から、成田に出発。

成田でMAEちゃん他、函トラのメンバーと合流。
バイクも無事超過料金を取られること無くめでたく、あずけ終わる。
バイクを預けるときは、係員に毎度、メジャーで四隅を計られ、首を傾げられ、上司を呼んで相談。
すったもんだのあげく通過。
超過料金はとられるとなると5万くらいになるそうでいつもながら、緊張の一瞬です。

空港のすし屋に入り、ツアーの結団式をあげ、健闘を誓う。
夜9時に飛行機はハワイ島コナに向かって離陸した。
約7時間。
日本時間では5月29日(金)午前4時に着く。
19時間の時差。日付変更線を越えて、着いたら、5月28日(木)午前9時頃となる。


2009・5.28(木)
時計を現地時間にすぐに直して、早くその気になる。
眠れなくても、目をつぶって、少しでも体を休める。

ここでお笑いを一席。第一弾。
スギさんの隣が空席。
せっかくだから体を伸ばして休めばよかったのに後で乗る人が座るかもしれないと思い、礼儀正しく自分の席だけに収まっていた。
ちなみに直行便でした。

着きました。
コナ空港です。
午前9時。
入国審査を経て、入国。
今年は、カメラで写真を取られ、10本指の指紋を全部とられ、結構時間を食いました。

午前10時くらいか。
ピーカンで日はすでに高く南国の日差しが降り注ぐ。
そんなに暑くはない。
カラッと乾いた空気。
風も少しひんやりとしている。
そうです。
ハワイは意外と涼しいのです。しかし、日差しはやはり南国、日差しが突き刺さって、焦げるようです。

全員がそろうのを待ち、ホテルに出発。
ホテルまでの約30km、10月のアイアンマンハワイ世界選手権のバイクコースそのものです。
果てしなく広がる溶岩台地。
緩やかなアップダウンを繰り返す、まっすぐな広い路。
片側2車線の道路に見える、がしかし、実は1車線に匹敵する広い路肩。
自転車のための広い路肩。アイアンマンのためにそのような道路にしたとか。
移動する道路からしてすでに聖地の一部なのです。
練習バイクと何度もすれ違う。

目を皿にして、景色を覚えましょう。そしてイメージしましょう。
10月の満月に一番近い土曜日。
そこをバイクで疾走する自分の姿を。イメージしていればいつか夢はかなう(ホントか?)。

ホテルに到着。
コナから北上すること30kmくらい。
マウナ・ラニ・リゾートがある。
そのリゾートのホテルの一つ。
フェアモントオーキッドホテル。

去年は隣のホテル(3km離れている)が大会本部であったが今年は、宿泊ホテルが大会本部、バイクゴール、ランゴール。非常に便利になった。
近所のマーケットに買出しに行って昼食を済ませる。


午後に大会本部に出向き、受付。
事故があったとき、主催者の責任を問わない、すべて自己責任。

自分の健康状態は良好である。
事故があったときの連絡先、一日だけアイアンマンクラブに入会して会費が10ドルなどの書類にサインアップしていく。

アメリカは契約社会なのでこういった事はうるさい。
まわりくどくなんだかんだ書いてあるが、文書の装飾的部分を除いて、具体的にどうするのという内容部分だけを要約すると、上記の意味だろうと推測する。

マッキーの年齢が間違って登録されていた。
生年月日年齢ともに私と同じ。
上のエイジグループカテゴリーになっており、間違って入賞したりすると、とんでもないトラブルになる。
単語の羅列と身振り手振りで伝えて修正してもらった。

実はNHKでリトルチャロという英語番組があり、今年から聴き続けています。
ゆっくり話してもらえば少し聞き取れるようになってきました。
話すほうはフルセンテンスは無理でも単語の羅列で何とかなります。
要は聞き取れるかどうかにかかっています。

なんとか意思疎通が出来て、半年間の英語の勉強も無駄ではなかったとうれしくなりました。
旅行会社にエントリー手続きを任せておいてチェックしていなかった。
やはり、人任せノーチェックはよくない。

あとは自転車の組み立て。試乗。異常無しを確かめる。
プライベートビーチに行って、試泳。勝負水着を決める。

マッキーは、真ん中の岩場がだんだん近く見えてきたと頼もしいことを言う。
そこそこ水に乗ったスムースな泳ぎ。多分大丈夫だろう。
熱帯魚や海がめと遊ぶ。海がめは触ってはいけない。脅かしたりしてはいけない。
距離を置いて見るだけ。
それでも親しげに向こうから寄って来たりして結構可愛いものです。
保護法で定められており、触ると何十ドル。
脅かすと何百ドル。
殺すと万ドルの罰金があるそうです。

とても眠いが、ともかく遊びまくって、夜まで起きていること。
それが時差慣れするための必須項目。
夕食をホテルのレストランでみんなで食べて、夜の海辺を散歩しておやすみなさい。
夜中に一度目が覚めるが、眠りなおして朝までぐっすり。
これで時差疲れが取れた。


2009・5・29(金)
 今日はバイクの預託、ラントランジッション物品の預託、競技説明会があります。
 午前中はまたプライベートビーチで試泳。
 昼から、バイクの預託に出発。
 スイムとバイクスタートは別会場です。
 マウナ・ラニ・リゾートから北上すること15km地点にあるハプナリゾート。
そこまで自転車で自走して移動。
東京で買った、後ろ頭カーテンをヘルメットに付けてみる。なかなか具合よい。

ここのハプナビーチがスイム会場とバイクスタート会場。
車検を済ませ、バイクラックにバイクをセッティングする。
ビニール袋を用意して、サドルやメカの主要部分を覆うとよい。
今年は忘れた。心配したが幸いスコールは無かった。

ここでお笑いを一席第二弾。
バイクラックに綺羅星のごとく高級バイクが並ぶ。
ブランドもののカーボンフレームやチタンフレーム、カンパの一番高いパーツや、カスタムパーツ。
私が、MAEちゃんに「いい目の保養になるでしょう。」
MAEちゃん、「ほんとヨダレが出ますね。」
そこへ割り込んだマッキー変な顔をして、MAEちゃんの目線の先を追って言う。「別に超ビキニの人なんていないじゃん・・・。」

ビーチに下りて、海を見る。
湾を時計回りに一回りするコース。
すでにブイが設営してある。ブイの間にロープはない。

初心者はミスコースしやすい。
ベテランはロープ際が混まなくてバトルが緩和されて良いという。
マッキーはブイが年年近くに見えて来るという。
風は穏やか。快晴のピーカン。海はほとんど波が無い。

あすもこの天気が続けば、マッキーも楽に完泳出来るだろう。
シャトルバスでホテルに戻る。
ラントランジッションバックを整備して預託。
そして競技説明会だ。

冒頭に述べた「ここにくるまで大変だったでしょう。ようこそ。」という挨拶にうるうるとなる。
ドラフティングはバイク4台分空けるとか、周知のルール説明が大部分だったように思う。
あとはコースの説明。特殊なローカルルールなどは無かった。

後は食事をして眠るだけ。
食事はホテルが特別にアイアンマンビュッフェと称して、カーボローディングバイキングを用意していた。
カーボロードなのだから、いもやパスタ、パン、米などが主体。
よく言えば、よく考えられた競技食。悪く言えば粗食。
35ドルはちょっと高い気もしたが、まあいいでしょう。

わたしふうさんは今回のレースに特に気負いもプレッシャーも無かったので、安らかに眠る。
マッキーは黙っていても、いつでもどこでも爆睡出来る。


2009・5・30(土)

 いよいよ、当日になりました。
4:00起き。5:00出発。
去年まではツアー会社が用意したバスで行くはずがいろいろとトラブルあり役に立たなかった。
シャトルバスが頻繁に出ているため、今年はオフィシャルなシャトルバスで会場に移動。

会場に着いたら、真っ先にボディマーキングするのがコツ。
そして、バイクラックに戻って整備する。
逆にすると、ボディマーキングが長蛇の列となり待たされる。
これは富田さんに教わったノウハウです。


【スイム編】
 今年もスイムはフローティングスタート。
最後尾のビーチで最外側に陣取りそうなマッキーを促して、先頭から前後で85%の位置。コース左右の真ん中に位置どる。
もうスイムを始めて3年。
せめてお尻に位置する。尻尾になってはいけない。
尻尾は初心者が多く、ミスコースや制限時間切れなどのトラブルに巻き込まれやすい。
尻尾は切られる恐れがある。

位置したところは背が届かず、立ち泳ぎの苦手なマッキーがパニックになりそうになる。
肩を貸して時間を稼ぐ。二人分の立ち泳ぎのエネルギーは実はとても大変でした。
スタートして泳ぎ始めてホッとした。
正確なコース取りに留意して慎重に並んで進む。
バトルはほとんど無し。
スタートの位置取りはちょうどよかったようだ。

途中平泳ぎについて、楽をする。
平泳ぎはミスコースしないのです。
しかし半分を過ぎる頃、平泳ぎのペースメーカが失速。
やむなくぬいて泳ぐ。
海流はないようだ。波も静か。

一度1200mくらいでマッキーがミスコースしそうになり早めに軌道修正。
やはり伴泳してよかった。
59分台でビーチに上がる。
ところが、スイムゴールがビーチのかなり上の方。
結局1時間0分数秒でスイムゴール。
マッキーが丘に上がれた。
めり込む砂をものともせず、私を置いてさっさと駆け去って行った。
まあいいでしょう。





【バイク編】
スイムスタート前に日焼け止めを一通りは塗っておいた。
スイムで大部分が剥がれ落ちる。
エイドで塗りなおしたい。
日焼け止めの位置がわからなかった。 そのままバイクトランジッションへ。
いよいよバイクスタート。
マッキーも無事あがったことだし こころ軽やかにスタート。
ハプナリゾートから、マウナラニリゾートまで一度南下しUターンして、 北上する。
マッキーと折り返して会う。
かなり差が開いている。 マッキーのバイクは調子よさそうだ。

微風。
快晴。
涼しい風。
ただ日差しだけはモンスターといってよい。
ヘルメットにつけた後ろ頭カーテンはとてもありがたかった。

例によって、上り坂で抜き去る牛若丸気分を味わう。
日本ではデブなわたしも、ここではキュートな日本男児。 牛若丸なのです。
100kgを越えていると思われる人も珍しくない。
下り坂ではあっという間に過ぎ去っていく。
しかし次の登りですぐに追いつく。

日本と逆のパターンを味わうことが出来ます。
この人たちの心肺機能はものすごく、 スイムとバイク(平地と下り)は非常に強い。
ランでも早歩きで、走っている私と同じ位のスピードで歩く。
分かれ道を左折して、クイーンズロードという路に入る。 少しずつ、登っていく。
ハビという北端の岬を少し越えたところが頂点で折り返し。
折り返しのかなり手前、来ましたマッキー。
赤いホイールがまぶしく快調に飛ばしている。
差はさらに開いている。調子よさそうだ。

あとでわかったが、ランとあわせて310人抜いたことになる。
さぞ楽しかったことでしょう。
前に見えた相手は全部抜いた。との事。
一分に一人抜いた計算です。
風が強くなった。 名物コナウインドだ。 今回コナウインドは強いが少しだけ。 挨拶程度で済んだ。
「せっかくハワイに来たんですから私を忘れないで・・・」 といった感じで折り返し手前で 短い時間ビューとひと吹き終った。
去年はずっと吹いていた。
折り返してからは快調に飛ばす。
復路は下りが多い。

10月のアイアンマンでは、抑えていかなければランでつぶれるというのが定説。
しかし、70.3ではぶっとばさなければ勝負にならない。
勝負をかけている人は、折り返しをゴールと思ってぶっ飛ばすそうです。
私は?
まあいいでしょう。
今年はスタートラインに立つまでが大変だったのだから。
聖地の名コース、
ゆっくりと十分に楽しませてもらいました。


【ラン編】
宿泊しているホテルの裏がバイクゴールでランスタート。
すばやく着替えて、ランスタート。

ここでバイクショーツからランスパッツにすっぽんぽんで着替えてしまった。
後で見れば着替え用のテントがあった。
国辱ものだと反省。
しかしとがめられることも無く無事ランスタート。
赤面状態でそこそこにスタートしたため、またもや日焼け止めの処置ができなかった。

ランスタートに日焼け止めはありましたか?
ランスタートが正午。
真上から太陽が照りつける。
皮膚が焦げる感じがする。
私の場合ロングでは午後日が斜めになってからスタート、まもなく暗くなる。
ハーフだと、一番日が強い時にランになる、ロング以上の対策が必要だったと思い知る。

今年はコースがかわりました。
大部分がゴルフ場。
トレイルランのようで楽しい。
フェアウェイの芝とカートが移動する通路と、半々くらい芝は足が埋まり、重く感じるがともかく気持ちよい。

勝負をかけてかんばっている人には負荷が大きいかも。
カートが移動する通路も、小さなアップダウンで面白い。かけ降りる勢いで登ることもできないことはない10kmくらいなら出来そうです。
しかし21km、13マイルある。
そうやって遊んでいると後半足が止まるかももちろん、ゆっくりといきました。

今年はグレートハットをやめて涼しい帽子と称するテクニカル帽子をかぶってみました。
氷が解けてからの放熱がよい。水がぬるくなっても涼しい。
優れものでした。
楽しんでゆっくり走ろう。
そう思ってましたが、ペースはキロ10分で、計算すると制限時間ぎりぎりとなる。
ともかく、休まず集中して最後まで走りきりました。
8マイルを過ぎるとゴルフ場を抜けて往復3マイルの長い直線道路にでる。
折り返しまでがとても長い。
だらだらのゆるい坂。
往路が下り。
復路の登りを考えると少し気が滅入る。
下っただけ後で登らなければならない。
なんだか借金が増えていくような気分。
やがて折り返す。

今度は登り。
不思議なことにペースアップする。
将来の困難を予想すると気が滅入るが現在の困難はこんなものか、と開き直って頑張れる。
なんだか日常生活に似ている。
メンタルな影響は大きいです。

両足義足の選手とすれ違う。
制限時間に間に合うか?
頑張れ
「Good Job! Great!」と声を掛ける。
坂を上り終わると再びゴルフ場の緑の中へ、あと2マイル。
ゴールの賑わいが聞こえてくる。

ここまでくればもう大丈夫。
ゴールまであと600mくらい。
もうゴールゲートが遠くに見える。
そのとき、義足の選手が追いついてきた。
そして追い抜いていった。
すごい!
絶句。

改めて彼はハンデをものともせず、同じ土俵に立っているんだと認識する。
同情なんかするヒマがあればあんたこそしっかり頑張れ。
そう叱咤激励される思いでした。
ただただ敬意を払うのみ。
義足の選手がゴールして大声援が起こる。
アメリカ人は、ハンデのあるもの、高齢者、女性などが頑張るのをとても熱心に応援します。
つづいて私もゴール。制限時間になんとか間に合った。

とっくにゴールしたのに長い間待っててくれたスギさん、MAEちゃん、成田さん強縮でした。どうもありがとうございました。

ランのエピソード
1)なんてもったいないことを!!
途中、40歳代と思われるなまめかしい白人女性選手が追いついてきた。「氷をあげようか?」と言われたのです。
帽子の中にいっぱい氷を仕込んでいたので「あるからいい。」て答えちゃいました。
その女性は出しかけた氷を引っ込めました。
ブラから。
もらっておけば良かった・・・。と大変後悔しました。

2)エイドの超ビキニ美女
8マイル地点付近のエイドステーション。
モデル級の美女。姉妹と思われるローティーンとハイティーンのキュートな超ビキニ。
芸術的ともいえる完璧ボディ

ある作家が、白人女性はハイビスカスだ
美しく咲くが、しおれるのも早い。
日本人母娘はそろって美人も多いが、白人母娘は、美人の娘、タンクの母という組み合わせが多い。
まさに、満開前と、満開のハイビスカス。
ビーナスの降臨。
その二人が水を渡してくれる。

制限時間が気になるのでやむなく水をもらうだけで通過。
余裕があれば一休みしてじっくり見たかった。

3)マイルとキロの勘違い
距離は基本的にマイル(1609.3m)表示。
13マイルとちょっとでゴール。
去年とはコースが3割くらい、かわっており、迷路のようにゴルフ場を縫って走る。
走り出して2マイルとちょっと。先のルートと交差する。
そこになんと10の数字が見えた。
ああ、あそこはもう10マイル地点。あと5kmもないのか。
いいな。
とそこを走ってくるマッキー。

あと5kmだ頑張れ。と声を掛ける。しかし、早い。
すばやく計算する。
バイクのハビの折り返しから平均時速40km前後で、ランでもキロ4分前後で激走しなければこれだけの差はつかないはず。
とんでもない怪物が目覚めたのか。
これは10月のハワイスロットを取れてしまう。
そうすると、すべての行事、競技予定を白紙に戻し10月のハワイに応援に行くしかないかどうやって休みを取るか?などと考える。

ところが6マイルくらいのところで、さっき交差した路に入る。
そして表示をよく見ると10kmと書いてあった。
マッキーが、ラストスパートをかけてつぶれてなければよいがと心配する。
しかし、それでもすごい差だ。
いちおうまともな人間の範囲ではあったが。

距離表示は1マイル毎、および5km毎にありました。
去年まではこのkm表示は無かった。
コースが未知なためとんだ早とちりをしたものでした。
マッキーに後できいたら、すぐ間違いはわかった。
いつもマイペース。スパートなんかかけたりしない。との事。
よかった。よかった。


♪アワードパーティ

ゴール後はそのままそこでアワードパーティ。
野外の芝生に体育座りしてのパーティ。

入賞者の発表と、ハワイスロットの発表。
男女の総合優勝者が、ハワイアン戦士が掲げる松明に誘導されて入場。
「これは10月のハワイでやっている儀式を取りいれたものだ」と富田さん。
そして次々とかがり火を点火していく。
なかなか味のある演出でした。


同行の富田さんが10月のハワイをゲット。
これで4度目です。
56歳からトライアスロンを始めた富田さん。
私は56歳からオロロンが完走できなくなった。
何とか、富田さんのスタートに重なりたい。
その思いで、一昨年のチェジュを58歳にして必死で完走した。

いまからも、目標です。
私の目標とするピークは10年後です。といって今かったるい練習をしている言い訳か?!と言われそうだが、まあいいでしょう。

成田さんは年代別4位入賞です。
これもすごい。ついに世界ランキング入りといっていいでしょう。

マッキーは年代別5位でこれも入賞。
怒涛の310人抜きで、同じく世界での位置を確認。
おそらく追い抜いた数を競えば文句なしの一位だったと思う。
抜くばかりで、ひとりも抜かれなかった。
見えた相手は全部抜いた。
と勇ましく語っていました。


スギさんと、MAEちゃんも好記録。

スギさんは、伊達ハーフで自己新記録をだしたが、すこし足を痛めたそうで、今回も出場を迷っていたほどでした。
それでも好記録。

MAEちゃんは、仕上げ十分。
張り切りすぎて、スイムとバイクをぶっ飛ばす。ランで少し足が止まってしまったとの事。
それでもすばらしい記録。

以上函館勢大活躍のハワイでした。
私?10年後ピーク予定でまあいいでしょう。


アフターレース
全員でホテル近くのショッピングモールの中にあるレストランで祝杯を挙げる。
富田さんによると全米一との評判のステーキレストランの分店だそうです。
地ビールとワインと、そして分厚いフィレステーキを食べ語り合ったのでした。
入賞した3人は特に上機嫌でした。

翌日は、富田さんとマッキーズはホノルルへ
MAEちゃん、スギさん、成田さん、3組夫妻はコナへ
それぞれ移動した。

コナの聖地詣では楽しかったですか?
ホノルルでは、ワイキキビーチで、まったりと過ごす。
泊まったホテルはワイキキジョイホテル。

ビーチからすこし東へはずれビーチから奥へ入ること500m位に位置する。
ビーチに近いほど、ビーチの中央ほど高いのです。
従ってとてもリーズナブルな価格のホテル。
しかし、清潔で部屋もそこそこ広い。

従業員は日本語をよく聞き取ってくれて、意思疎通に不便なし。
非常に親切。
附属のレストランがまたよかった。
とても安いのに、日本食がうまい。
日本の米か、日本の米に近いカリホルニア米を使用しているにちがいない。
ごはんと味噌汁が、日本の店と勝るとも劣らず。
うなぎがあったので食べてみた。
ボリュームたっぷり。脂がのったこってり味。これでなくちゃ。

麻布のうなぎの6分の1の価格。
ハワイでうまいうなぎが食べれるとは思わなかった。
特に観光に行くわけでもなく、昼はビーチ、夜は不夜城の街を散歩する。

まったりと過ごした9年ぶりのオアフ島ワイキキでした。

*********************************

追:日焼け(火傷)
この時期のハワイは涼しい。
一番暑いのは、あの世界選手権が行われる10月だそうです。
しかし、日差しは要注意。
日焼け止めをスイム前に最初に塗っただけ。
追加しそこなった。
エイドで日焼け止めをさがし損なった事で大変な事になりました。
このようなおおげさでなく命にかかわるものは、自分でも用意しておくこと。
ひどいことになりました。

日焼けではなく完全に火傷。
真っ赤に火ぶくれ
水泡形成
痛くて寝苦しくて、水物をがぶがぶ飲む。
何度もトイレに行く。
脱水状態です。
いくら飲んでも喉が渇く。

古典医学の時代は、軽いやけどでも全身皮膚の面積3分の1を越えると生命の危険がある。
なんか昔そんなことが教科書に書いてあったな。
(点滴すれば大丈夫です。)

面積は5分の1くらいか?命には別状無いだろう。
そんなことを思い浮かべるほどひどかった。
アラモアナセンターの一階。
各国の料理が屋台風に軒を連ねているところがある。
ファーストフード風で値段も安い、しかし高いテナント料にめげず、数多いライバルと競い合っているためレベルは高い。

そこでラーメンを一杯食べ、スープも全部飲む。
結構うまかったですよ。
これが点滴に匹敵する塩水分補給となり脱水状態が治った。
すこし元気が出てきた。

そのようにしてようやくホノルルを楽しむ体力が回復したのでした。
ホノルルのビーチでは、日焼け止めをたっぷり塗ってTシャツを着て海に入った。
4−5日たってようやく痛いから、痒いにかわりいまぼろぼろと皮がむけています。
すぐにレポートかけなかったのもそういう次第でした。
ハーフだからと安易に考えてはいけません。
よく考えるとフル以上に日焼け対策が必要でした。

終わり


戻る

REPORT-TOP