〜樹海と砂礫の海に轟沈・・・越えられなかった岩場〜
地獄の第56回富士登山競走、霧と雲の果てに見たものは・・・?
聞くと見るとでは大違い、とはよく聞くけれど、DVD等の映像でも本当の“すごさ”はわからない。実際に行ってみなければ・・・あの“地獄”を筆舌に現すことは不可能だ。フルマラソン?あんなもの、この辛さに比べりゃあ、○みたいなものです!
霧雲を突き抜け、八合目付近から見上げた絶望的なほどの高さ・・・
無謀にも富士に挑み、壁に跳ね返された、ふがいない松谷の惨敗記、みごと完走された奈良さんとの楽しかった旅の記録とともにお楽しみください。
7月24日 曇り 旅が始まる。
心配していた雨は降っていなかった。助かった。
バスで空港に向かう。8時ちょうどに函館空港到着。空港ビル1Fですでに到着していた奈良さんと合流。先日の奥尻島夏合宿といい、富士山といい、今年は北海道を代表する強豪ランナーと一緒に走れる行幸が続く。
飛行機に乗るときはいつも子供のようにわくわく。早速、自動チェックイン、荷物検査ゲートと通過して待合室にて待機。奈良さんは五勝手屋羊羹をほおばりだした!?試合前日には糖分をたくさん摂取するそうだ。う〜ん、(^_^;)
3年前「完走できてもできなくても、今回限り、一生に一度きりっ!」と決死の覚悟で臨んだ第53回大会は、
「荒天のため五合目レース打ち切り・決勝」
という、なんとも中途半端な幕切れに終わった。うーん、規定により完走メダルは手にしたが・・・このままでは困る。ハッキリさせて欲しい。ならば再挑戦するしかほかに方法はない。
今回の旅も、本当にこれ一回限りの覚悟で臨む再挑戦。それなのにまた雨なんてなあ・・・。まあ、雨は仕方がない。自然相手のスポーツだから。それにしても今年の大会は雨が多い。たしか俺、晴男だったのになあ?
8:50発羽田行きANA890便は定刻にテイクオフ。あっという間に高度1万1千フィート。奈良さんといろいろお話をしているうちにあっという間に降下の時間に。最後に雲を抜けるときに大きく揺れた。
へたくそなランディングの後、ドアをくぐり機外に出たが、これが東京の夏か?というほど涼しい。こんなのは初めて。
ゲートを抜け京急線で品川へ。品川からJR山手線外回りで新宿駅。地下街を抜けて地上に出ると京急高速バスターミナルはすぐそこ。発券所は大混雑。
12:40発富士五湖線のチケットを購入。この時期の高速バスは予約していないと乗れない。特に復路は厳しい。でも今はネットで家に居ながらにしての予約が可能。便利になったものだ。たった3年でも変わるものだね。(^_^)
待ち時間にあわただしく地下で昼食。パスタにする。
高速バスは全席指定。エアコンが利きすぎて寒いけど、めずらしい窓外の景色にキョロキョロ。中央高速、すなわち中央フリーウェイ、ユーミンの歌の世界。本当に♪右手に競馬場、左手にビール工場・・・なのでした。
やがて遠くに富士急ハイランドも見えてくると富士吉田駅も間近。私達とそれらしき人達が数人降りたった。
てくてく坂を上り、まずは宿へ。ここは暑い。あっという間に汗だく。明日はここを走るんですよ。奈良さん、言葉少な・・・。
大国屋は坂の商店街通りを1kmほど登ったあたりにある。見覚えのある門柱を奥へ入り「ごめんくださーい!」すでに到着のランナーもちらほら。
荷物を置いて早速受付の市役所前へ。ゼッケン、プログラム、参加賞、RCチップなど受取、確認。隣接のショップのテントを覗のぞいてなんかいると、あっ!
サロマのブルーのポロシャツを着ている長身痩躯の人が・・・夜久さんだ!!うわーっ!どうしよう?などと言ってる場合じゃない、HPでいつもお世話になっているし、先日のサロマで初のエール交換もできたのだ。先客がいるのにもかかわらず割り込んで挨拶し、お話をしていただいた。
いやー、大感激です。夜久さんは丁寧に応対してくださいました。思っていたとおり、いやそれ以上の素敵な暖かい方でした。(*^_^*)
なんとか頂上でお会いできますように、といって別れ、奈良さんの記念写真をとって宿に帰りました。それでは明朝、よろしく。
御師の宿
宿泊は前回同様“御師(おし)の宿、大国屋(だいこくや)”です。
かつて富士山信仰の最盛期であった江戸時代、この富士吉田にも90を越えるほどの数があったらしい御師の宿ですが、現在はわずか数軒が営業しているのみ。今は登山者のための民宿です。
歴史ある建物を見て、「こういう古いところ、好きだなあ。」と奈良さん。「古くさくて、いやだなあ」と思われたら困っちゃったけど、一安心。
常連以外の人は大部屋です。近代的ホテルと違ってアットホーム、一人分のスペースは狭いが自由にくつろげるし、大会当日は帰るまで荷物を置かせてくれるわ、風呂は使わせてくれるわで、まことにありがたい存在。受付・スタートの富士吉田市役所からちょっと遠いのが玉に瑕か。でもそれもコースの下見と軽い運動になると思えばプラス要素である。
今日は大部屋に全部で7人しかいなくて、広々と使えます。
参加者名簿を繰りながら、同宿の方々と雑談。外の暑さがウソのように部屋の中は涼しい。地元の方によると、明日の天気、なんとか持ちそうです。
夕食後、散歩がてら、暮れだした街を浅間神社へお参りに。前回も行ったから今回も自然と行く。清めの水をいただきお参り。明日の完走を祈念。100円のおみくじを引くと小吉。奈良さん大吉。
富士から湧き出る清水がコロコロとながるる静かな境内の中は荘厳。しめ縄をまとった高さ30mをゆうに越える杉と檜が厳然と聳え立っている。すごい。思わず手で触れてみた。湿った苔の感触をとおして数百年の息吹が伝わってくるようだった。
就寝前にもう一度明日の用意を確認。9時過ぎ、消灯。
7月25日 曇り 大会だ!試合だ!
かつて富士登山競走の開催日は、曜日にかかわらず毎年7月25日に固定されていたが、昨年から7月最終金曜日と変更された。
レースは五合目関門の先でさえ千人(参加者は二千五百人)以上が狭い登山道でしのぎを削るのだ。週末の登山者ラッシュにぶつかると大渋滞が生じ、選手、登山者の双方どちらにもいいことがないのでそうなったのだろう。
今年は偶然25日となった。なんだか縁起がいいような気がする。
4:00am起床。曇りだ。ゆっくりと準備にかかる。身体を目覚めさせる。
外に出ると奈良さんはストレッチ中。やがて、走りに行きました。
6:00am宿出発。晴れてきた。いいぞ。
6:20am会場到着。五合目で下山時受取り荷物を自衛隊トラックに預託。
ここで奈良さんと離れて各自自由行動に移る。
7:00am開会式。でも式には出ないでスタート地点でストレッチ開始。トイ
レと忙しい。周りの選手の表情が、みな厳しくて、怖い。(>_<)
富士吉田市役所前 (標高770m)
7時を過ぎるとスタート地点にランナーが集まりだす。あたりはたちまち通勤ラッシュ並の混雑状況。頭上のスピーカーで開会式の模様が聞こえてくる。前方でハンドスピーカーを用いリードをとる人がいてみんなで気勢を上げた。
「日本一高い山、富士山が相手です。相手にとって不足はありません、今日も厳しい戦いになるでしょうけど、みんなでがんばって完走率をあげましょう!3,2,1、エイ・エイ・オー!」
続いて「7〜8合目は霧、湿度60%、頂上は晴れ」の情報。脱水症状に注意、給水を充分すること、とアナウンスされる。
午前7時30分、スタート!先頭付近がすごい勢いで飛び出していった。奈良さん、無事にスタートしたかな?がんばって!まあ、きっと大丈夫だな。
スタートラインを越えるまで20秒。(焦るな、焦るな・・・)そう自分に言い聞かせながらジョグから徐々にペースを上げる。
400m程の平坦路を助走路としてから左折、さあ上り、ここからだ!
商店街〜金鳥居〜浅間神社
(ゆっくり、ゆっくりでいい。ここはまだパレードだ。ペースを乱すな、マイペース。遅いやつはほっといても勝手に落ちていくから、無理して抜きにかかるな。無駄な力を使うな、自然に、でも間違って遅い人に着いていかないように注意はしろ。ボディの後ろ、大きい筋肉を使え、時間を最大限使え、焦るな、焦るな・・・)
前のペースは恐ろしいほど速い!普通のロードレースと同じだ。例年完走率が5割以下だから、五合目までに全体の半分より前に位置していないと時間内完走ができないからだろうが、それにしても、なんでこんなに速いのか?これじゃ、いくらも保たないだろ。
(まあいいや、あとで全部抜いてやる)なんて強がってはみるが、焦りを押さえるのがむつかしい。それよりも汗が、大量の汗が出てくる。早くも苦しい。おかしい・・・こんなはずでは・・・?こんなところでこんな様子だと先が思いやられる。時計がなかなか進まない。時間がいつもより長く感じる。
国道を一旦登り切って3km、浅間神社入口まで平坦路を数百メートル。ほんのひとときの安らぎから、ドド・・と集団は深い森へと飲み込まれていった。
北麓道路〜高速高架下〜北麓公園入口
再び上り。神社を抜ける途中で黄色いTシャツの夜久さんを追い越す。舗装道路に出る。真っ直ぐな車道なので晴れていれば遙か先に富士山が聳えているはずなのだが、今日は雲に隠れて全然見えない。
背中に「走る添乗員」のプリント、館脇玲子さんだ。馬返しあたりまで相前後して走ったが、声をかけていいものかどうか、結局、かけられなかった。
ペースを保ちつつ、徐々に抜いていくはずだったがさっぱり抜けない、ペースがあがらない。それどころか現状を保つので精一杯だ。こんなところで歩いていては完走などできっこない。がんばって走ろうとするが、中の茶屋がこんなに遠いなんて・・・
中の茶屋=39:52(前回=41:52)
標高=1100m 距離=7km地点
今日最初のチェックポイント(関門ではない)。目標の40分切りは、かろうじてクリア。しかし、この苦しさ、先が思いやられる。
スタートから330m、函館山を一つ登った勘定になる。
最初の給水所でもあり大混雑。そんな中、どっかのおばさんに「なにさー、じゃま!」と罵声をかけられカッと頭に来る。にゃろう〜、しかしそんな奴にかかわっていては時間がもったいない。給水、塩をなめ、梅干しを食べ、再度給水。飴をもらうのを忘れた・・・今思うと、早くもここら辺で思考が鈍っており、事前に決めていた手順を踏めなくなっていた。
しかし苦しい。「馬返し」まで行ったら歩いても大丈夫と思い、なんとか気持ちをつなぐ。目安となる高速の高架も北麓公園入口もなかなか見えない。
周りのランナーは、みな無言。荒い息使い、したたる汗、なんだこれは・・・まさに難行苦行、修行者の隊列の様相であった。この異様な雰囲気はほかにはない。声を出すのもためらわれる。みな、必死なのだ。
傾斜が急にきつくなってきた。走っているのがつらくなってきた。さらに斜度が増し、もう駄目だ、隣を歩いている人とかわらないスピードだ、と思った直後、馬返しが見えた。ああ、助かった・・・み、水を・・・(T_T)
馬返し=1:07:46(1:09:35)
標高=1440m 距離=11km地点

最初の給水所。舗装の車道もここまで。ここから先は蛇行した隘路となり、斜度は格段に険しさを増す。足下も次第に荒れてきてクロスカントリー走の様相を呈しだした。しかし、ここはまだ一合目の手前にすぎないなのだ。
昨年の大改修により道幅は広くなったが、それでも渋滞となる。
もうここからは走れなかった。力が入らない。気力もなかなか湧いてこない。どうしたんだ?ここからしぶとく少しずつ抜いていく算段だったのに、脚が動かない。ほんの少しだけ隙間でダッシュらしきものをする。歩きだしたことで緊張がとぎれたか?しかし私には余裕などないのだ、少しでも速く!
道は険しい。石段や岩道も頻繁に出現する。その一段毎の段差が異様に高く、脚の短い自分にはとてもつらい。筋力不足も思い知らされる。故障やけいれんも怖いが、今は進むしかない。鳥居が見えると関門が近いはず。
五合目=佐藤小屋 2:08:36(2:08:31)
関門2:30:00
標高=2250m 距離=15km地点
なんとか第2関門突破。しかし、やった!という気持ちはない。こんなところでひっかかっては話にならない。それにしてもタイムが予想以上に悪い。
最悪でも2時間5分以内で通過の予定だったのに・・・前回と変わらないじゃないか!三年前から全然進歩していないのか?ショックだ・・・
ぼんやりしたまま給水給食、初めて水で身体を冷やす。それすら忘れていた・・・。でもこれで、まだ少し残っていた闘志にかろうじて再点火できた。
これから先は未知の世界。なにが待っているのか?恐れと好奇心、そのことがモチベーションを保っていけた理由だった。
一般にここまでのタイム×2がおおよその完走タイムと言われている。が・・・ちっとも安心できない。なにが起こるかわからないのだから。
いつの間にか標高2000mを越えている。まだ息苦しさは感じない。大量の汗をかいてきたが、まだ身体に異変はない(気がする)。しかし疲労感は大きい・・・。
ここまで何人が通過してきたのだろうか?自分は何番目位か?800番、せめて900番以内なら・・・。何人が脱落するのだろうか・・・。あまりいい位置とは思えない気がした。
さあ、早く行こう、くよくよする暇などない。初の挑戦に、少しわくわく。
森林限界が近いがまだブッシュ状態が少し続く。ここらあたりの一本道、渋滞で何度も列が止まる。なんで止まるんだ?タイムがもったいない!(>_<)
痛いタイムロス。やはりここまでにもっと前でこなけりゃ駄目なのか・・・
もう無理して走らない。気は焦るが、見栄をはらず、身体へのダメージを最小限に押さえ、できるだけ体力を長持ちさせることに主眼を置く。
※ ※ ※
これより先は記憶がぼやけています。ただでさえ記憶力不足なのに、激しい疲労と高山病が加わり、物事やその順序をちゃんと覚えていません。
※ ※ ※
道は大きなジグザグを描き出した。土留め用壁に沿ってザクザクと登る。
傾斜が厳しく、もう走れない。苦しい。これはつらい。レースだ、という意識がかろうじて止まること、休むことを押しとどめていた。
普通のロードレース、苦しければペースを落として少しずつでも進むことはできるけど、ここは駄目だ。延々と自分の身体・自重を持ち上げ続けるという作業は、ペースを落としてもちっとも楽にならないし、苦しくとも登り続けなければゴールに全然近づかない。楽になる唯一の方法は止まって休むことしかない。しかし、それは即リタイヤに繋がるのだ。これは拷問か!?
森林限界を抜けると様相は一変。砂礫や岩石の道。いや、これはもう道とは呼べない。金網かごで階段状になっているところも、段の高さが半端ではない。脚をいっぱいに伸ばさないととどかない。筋肉を目一杯使って身体を引っ張り上げる。これを際限なく繰り返すのだ。
手には軍手。とっくの昔に四つん這い、全身動員体制になっていた。周りの人のペースもまちまちで、前の人が常に障害物になっている。意識して抜くためには、より険しいルートを選択せざるをえない。
恐竜の背中のようなガキガキの岩場が現れる。一体どこを通って登ればいいのだ?ルートを示す鎖につかまり全身の力を使って身体を引っ張り上げる。この繰り返しだ・・・。いつまで続くのだ・・・息はそんなにあがっていないが、ふと首筋に手を当てってみたら・・・脈が恐ろしいほど速く、大きく打っていた。それからは怖くて脈をみることができなかった。
雲と霧で下界も上もなにも見えない。もっとも見る余裕などないが・・・。
やがて数分おきに山小屋が次々と現れる。小屋の寸前は階段になっていたがどこも傾斜が特にきつい。うー、きついー。
ここはどこらあたりか?七合目から本七合目なのだろうけど、よくわからない。高度もわからない。
どこかの小屋で水をもらった。八合目の山小屋を何軒か通過するうちに空腹感が襲ってきた。たまらず一本100円のバナナとアクエリアス500ml一本400円也を購入。ゆっくり食べている暇はないが、息があがってしまう。なんとか食べきって先へ進む。
しばらく前から吐き気が断続的に襲ってきていた。疲労も加速してきており、疲れなのか、高山病なのか?判然としないまま進んだ。きっと気圧が低くて酸素の吸収量が落ちているのだろう。持参の飴の袋がふくれてパンパンだ!本当に苦しい。間に合うのかどうかもわからず、ただひたすら脚を動かした。
(なんでこんなことやってるんだ?もうこんな苦しいレースはごめんだ、ここにゃ、もう二度とこねえぞ、だから絶対完走してやる!)
曲がりなりにもやめないで済んだのは、最後まで完走への希望を捨てなかったのと、周りにたくさんのランナーが頑張っていたからだ。正直、渋滞を作り出している遅いランナー(私もその一人だったろうが・・・)はマイペース、マイルートをじゃまする障害物でもあったのだが、やめないで上り続ける仲間同士でもあったのだ。
「このペースで間に合いますか?」と、どこかで隣の若い人に聞かれた。
「わかりません!私もはじめてですから」
とにかく、本八合目の関門、富士山ホテルを3時間50分までに通過しないといけない・・・今はそれだけを目標に、ひたすら登る。※以下の高度、距離はおおよそです。
六合目 標高=2400m 距離=15.5km 2:24:42
七合目(花小屋) 標高=2700m 距離=16.0km 2:49:10
山小屋に給水所。長蛇の列を予想していたが、それほどでもないので並ぶ。たっぷり水の入ったガラスのコップはすぐに取れたが、後ろからギュウギュウ押されてゆっくりは飲めない。一気にあおったが、全部飲めない。水を飲むだけで息が苦しいー!
日の出館 標高=2730m 距離=16.1km
2:51:27
トモエ館 標高=2800m 距離=16.2km 2:54:13
富士一館 標高=2810m 距離=16.5km 2:58:38
本七合目
鳥居荘 標高=3000m 距離=16.7km 3:01:42
八合目
太子館 標高=3100m 距離=17.5km 3:26:48
蓬莱館 標高=3150m 距離=17.6km 3:30:48
白雲荘 標高=3200m 距離=18.6km 3:34:53
元祖室 標高=3250m 距離=18.7km 3:47:02
山小屋をいくつも通過しているうちに、もう自分がどこにいるのかわからなくなった。高度も、あとどのくらい登ればいいのかわからない。
疲れ果ててゾンビのようにフラフラと歩むランナーをかき分けて進む。が遅々として登れない。行けども行けども、手応えがない。登った実感がない。果てしない繰り返しが続くだけだ。
(のぼれ・・・のぼれ・・・とまるな・・・とまるな・・・あきらめるな・・・あきらめたらおわりだ・・・うごくんだ・・やめるな・・・うごけ・・・・)
ぶつぶつと自分に向けてつぶやきながら、かろうじて止まらずに動き続けた。
ところどころに突っ伏しているランナーが居る。けいれんを起こしたか、さかんに脚をマッサージをしている選手もいる。何もしてあげられない。声すらかける気にならない。いつ自分もそうなるかもしれないのだ。怖い。
いつの間にか、本当にたどり着けるのか?と思っていた八合目あたりに入ったようだった。なんとか本八合までたどり着かないことには、はるばる来た身には格好がつかない、と念じて気力を振り絞る。
奈良さんも奮闘していることだろうし・・・(もう着いたかな・・・?)
こんな私だが、あまり無様な格好を見せたくはない。
左手に下山道がちらちらと見えてきた。すでに下山している選手がたくさん見える。こちらはたどり着けつるかどうかわからないというのに・・・
このころ、もう駄目かもしれないという気持ちが何度も起こりかけては打ち消しながら登った。際限のない険しい登りに押しつぶされる寸前であった。
一体どのくらいたったろうか、ふと目を上に上げると、一瞬の霧の切れ目に「本八合」の大文字が見えた!しかし・・・遙か頭上だ。絶望か・・・あそこまで行けるのか・・・直後、山小屋は再び霧で見えなくなった。
「あと5分で関門を閉鎖しまーす!」と言う声が聞こえた。関門が近い!
霧も晴れてきた。いける、赤い大会の横断幕もハッキリ見えた。ガンバレ!
本八合目 富士山ホテル 3:58:18 ・・・・・関門 4:00:00
標高=3360m 距離=19km
関門をかろうじて通過。危なかった。しかし・・・8分あまりの予定超過だ。。あと30分しかない。厳しい・・・駄目か・・・完走への目安は、ここが3時間50分だが・・・。ここから上まで約40分と聞く。時間内完走は絶望的か・・・
だが、何度もあきらめかけながらも、なんとかここまで来たのだ、上を目指そう、あきらめるな、最後まで。たとえ無駄だとわかっていても・・・
八合五勺
御来光館 標高=3500m
4:06:41
ここまできたら、最低でも九合目までは行きたい、たとえ負けても・・・。泣きたい気分だ。ふと見上げると、あ・・・白い鳥居が目に入った。ここま
でこれるとは・・・見れるとは思わなかった。がんばれ、あそこまで・・・
九合目白い鳥居 標高=3600m 距離=20km 4:18:18
ここから急げば、山頂までは10分位のはず、がんばれ!ひょっとして間に合うかも・・・と思うが身体はちっとも反応しない。これでは話にならない。もう半べそ。残りあと11分・・・ペースをあげることはできなかった。
「あと、○ふ〜ん!あきらめないで、がんばれ〜!」
頂上から声が聞こえる。もう目の前に最後の狛犬と鳥居が見えるけど、ジグザグの道はまだまだ遠い。あと何分かかるのか、想像もできない。すぐ目の前なのに・・・もう駄目だとハッキリわかっていたが、最後の力を振り絞った。
「あ〜・・・」カウントダウンの終了とともに頂上から落胆の声が届いた。
ここはどこだろう?四つん這いになって登っていた。瞬間、力が抜けかけたが、「タイムはまだとっていまーす」と聞こえる声を頼りに、再び登りだした。
もう終わったけど、もう何も残らないけど、ゴールできっと奈良さんが待っている。早く行かなくちゃ・・・。もう、なんにもならないけど夢中で身体を動かした。
狛犬と鳥居・・・最後の曲がり角・・・
山 頂 4:32:30 標高=3770m 距離21km 完走ならず。
初めて見る山頂ゴール地点。奈良さんがいた。やっぱり待っていてくれた奈良さんなら当然の完走だけど(よかった、完走ですね)と、うれしかった。
計時用マットにたどり着くと力が抜けて、がっくりと崩れてしまった。
疲労と落胆・・・。奈良さんに助け起こされ、見渡すとすごい人だった。
「完走後は、すぐに下山してください、待っていなくていいですから」と何度もお願いしていたが、奈良さんはたどり着くかどうかもわからない私を長い時間待っていてくれたのだった。
すぐに下山しましょう、ゆっくりしている時間もありませんね。せっかくビールを用意してくれたのに、飲む気になれませんでした。できれば完走して一緒に飲みたかった。
浅間神社奥宮、“山頂“の印が入ったお守りを二人で購入。健康祈願。せめてのおみやげに。
山小屋売店 そのまま通り過ぎようとしたが、もう二度とこないだろう山頂登頂のしるしに札を一つ購入。兄さんが焼き印を押してくれた。
トイレは有料、200円。暫し並んでから12時半少し前、下山道へ。
下山道 後半の苦行・・・大苦行であった。
こちらも想像以上、見た目以上の急傾斜。ザクザクとした砂礫状の下山道は、とってもデンジャラス。勢いがついて鋭角なコーナーから吹っとんでしまいそうだ。気を張っていないと捻挫してしまうほど危険。体力を使い果たした足腰にはたいへん堪える。延々とジグザグ道が続く。こちらもいったいどこまで続くのだろう、三十分、一時間たっても景色が変わらない。雲でなにも見えないのでよけいに頭に来る。途中でますます気分が悪くなりながらも、どうしようもない。途中の公衆トイレ(チップ100円)などで小休止しながら、どうにかこうにか五合目に到着。1時間50分かかった。
五合目:昼食/荷物受渡
もう残っていた荷物は少なかったので、すぐにもらえた。昼食のおにぎりももらって、冷たい水をいただき、一息。とうとう雨が降りだした。カッパやポンチョを着用。雲上閣をめざしてさらに歩く。
五合目:雲上閣・・・下山バス:富士スバルライン
ようやく着いた。バスを待つ列の最後尾につく。急激に空腹を覚え、おにぎりを食べる。気持ち悪いのはまだ続いていたが、無理矢理食べた。20分位待ってようやく来たバスの中へ。そこでも食べて、結局三つ全部食べきった。
霧と小雨の中、バスは富士吉田市役所へとスバルラインを下りだした。
下山道〜雲上閣まで、あの奈良さんにして、たいそう辛らそうだった。
再び富士吉田市役所前
1時間ほどかかってようやく到着。小雨の会場で、奈良さんは完走賞のキーホルダーを受取り、サービスのうどんを賞味。私はいいです、前に食べたし・・・奈良さん、そんなに急いで食べなくていいから・・ちゃんと味わってください。時間は大丈夫です。と、言っている間に、あら、食べちゃった。(^_^;)
大国屋
砂礫で赤黒くなったシューズとソックスを脱ぎ、お風呂を使わせてもらう。あー、生き返った。ふと目に付いた奈良さんの背中には、ウエアの形がくっきりと赤く焼け付いていたのだった。短い時間にもかかわらず、強い日焼け跡。しかしそれは、紛れもない完走の証だった。
大部屋で一休み。ひとしきり話をして、名残惜しかったが、バスに乗る前にお土産も買いたいし、出発。また会いましょう。
おっと、昨日は会えなかったわんちゃんのレオちゃんではないか、3年ぶりだね、それじゃあ、さようなら。
富士吉田駅へ向かう坂道を下りながら、
「もう、この街にも二度と来ることもないだろうな・・・」
一回きりの勝負に負けたんだから、仕方がない。
駅前でお土産を買って、定刻になぜか先に来た2号車のバスに乗り込む。空いていた。夜の雨の中を渋滞にあたりながらも走るバス。予定より少し早く新宿に到着。ひどい雨だ。タクシーでホテルへ。
新宿ワシントンホテル 思ったより、いや、かなりいいホテル。チェックイン後、地下の居酒屋へ。その前に電話を二本。GTmails登録をしてもらった谷口さんと中西さんへ報告。結果はもう分かっているだろうけど・・・奈良さんの完走とまつやの敗戦報告をする。
地下の居酒屋「九州」へ。金曜の夜で混んでいた。奈良さんが豪快に次々と注文するめずらしい料理を食べながらレースを振り返る。ビール、奄美大島焼酎・・・たくさん飲み、食べました。
明るく愉快な女将さん?仲居さん?がいて楽しかった。いろんなことを話したけど、何をはなしたっけなあ?
7月26日 曇り
東北地方の地震 東北新幹線 25階のレストランで朝食の最中にも揺れた地震の影響で列車は遅れたし、指定券がパーになったりしたが、おかげで八戸で遅い昼食をゆっくりとれた。帰りの車中、グビグビと何本もビールを飲むまつやに奈良さん、あきれ顔。(^_^;)
なにはともあれ、無事に函館に到着。奈良さん、お疲れさまでした!<(_ _)>
奈良さんは旅の始まりから終わりまで、食事から宿からすべて「松谷さんの好きなもの、好きなとおりでかまわない」と全面委任してくださった。また、様々な地方の大会の様子や練習方法についてたくさん話してくれました。
本当に得るものが多くて、私には消化どころか頭の整理も大変でしたが、今回、奈良さんのレースに臨む姿勢、態度を目のあたりにして感じたのは、自分の甘さでした。
特に今回は自分の“努力”不足を再自覚しました。体格・体力不足の私は、人一倍努力し、細心の注意をもって試合に臨まないといけないのに、漫然としていました。これでは完走できるはずがありません。
スタート直前まで努力に努力を重ねる。最後までベストを尽くす、というのは、レース中だけのことではなかったのですね、当たり前でしたが・・・。
いい勉強になりました。ありがとうございます。
7月27日 曇り
翌日(レース二日後)の早朝練習。いつもの漁火通りを走る。
再挑戦か・・・。三度目になってしまう・・・行かせくれるかな・・・^^;。
「もう一回、行ってもいいか?」
「いいよ」妻の即答がうれしかった。
よしっ!雪辱だ。自分の甘さを反省、臥薪嘗胆、今日から長い一年が始まる。来年の7月30日、きっと富士山頂で祝杯をあげてみせるぞ!(^^)/~~~
つたない道中記、最後まで読んでくださりありがとうございます。
富士登山競走完走のためのノウハウはすでに幾人もの方がHP等で発表されていますので、いまさら私が述べる事柄もないのですが、まあ、せっかくお金をかけてわざわざ山梨まで行って来たのですから、私なりの感想を記します。
心がけとして上げられるのは、
1 一番大事なのは、ウルトラ同様「最後まであきらめない心」です。
身体的に必要なのは、
2 ウルトラ向きの走力ではなく粘り強い登坂筋力です。
3 約4時間半動き続けられる身体、スタミナが必要です。
あとは、
4 給水・給食をしっかりとり、ハンガーノックやけいれんを防ぎましょう。
なんだかどこかで聞いたことがあるような・・・そうです、トライアスロンのトレーニング、レース態度に似ていますね。
バイク等で背後部(後背筋、大殿筋、大腿四頭筋、被服筋、ヒラメ筋等)及び腹筋のねばり強さを培います。スイムでは呼吸筋を鍛えます。
これらに加えて春先からオフロードの山登り練習、これは必須です。厳しい岩場で自重を長時間に渡り延々と持ち上げる鍛錬をします。
圧倒的なスピードはあるに越したことはありませんが、絶対的に必要ではありません。フル3時間半の走力で充分です。自重をコンスタントに上へ運べる粘り強い筋持久力がメインエンジンとなります。
「富士山は登るものではない、遠くから眺めるものだ」
とはよく言ったものです。ましてや競走で駆け登るなど、狂気の沙汰です。
健康のためには、あぶないからやめましょう。
でも・・・アスリートなら・・・やっぱり行って見たくなるでしょうね・・・
もしそう思われたのなら、この地獄編、ぜひ、挑戦してみてください。
富士山が噴火する前に (^^) (んなあこたあ、ないかあ?!)
明日の皆さんの挑戦が、必ずや結実することを祈ります。 (^_^)v
2003年7月25日 第56回登山競走(山頂コース)データー
距 離 21km
標高差 3000m
参加者 2326人 完走者 1103人 完走率 47.2%
ゼッケン 67番 奈良 兼義選手 69番 松谷 則久選手
馬返し 0:54:38
1:07:46
五合目 1:41:44
47:06 2:08:36 1:00:50
八合目 3:11:17 1:29:33 3:58:18 1:49:42
山 頂 3:49:25
38:08 4:32:30 34:12
総 合 253位